長崎原爆の日、田上市長が安倍総理に「核禁止条約への署名」を強く要求!→今回も安倍総理は”コピペ挨拶”!佐世保市では教育委が「核廃絶活動」を問題視する動きも…!

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どんなにゅーす?

・2019年8月9日、長崎市の平和公園で、74回目を迎えた原爆の日にちなんだ「原爆犠牲者慰霊平和祈念式典」を開催田上富久長崎市長が、当時の凄惨な原爆投下の出来事を振り返りながら、安倍総理に向けて、核兵器禁止条約に署名するよう強く求めた

・一方、安倍総理は、またしても広島の時と同じようなコピペ同然の挨拶に終始。やはり核兵器禁止条約には一切触れず、「言行不一致」ともいえる”おざなりの挨拶”に終始した。

禁止条約署名 一刻も早く
長崎平和宣言 田上市長訴え
首相あいさつは広島とほぼ同じ

平和公園でおこなわれた平和式典には、被爆者や遺族、市民、内外の政府・各党関係者ら5200人が参列しました。

世界にむけて「長崎平和宣言」を行った田上富久市長は、核保有国に対し「核兵器をなくすことを約束し、その義務を負った核不拡散条約の意味をもう一度思い出すべきです」とのべました。日本政府には、「日本は今、核兵器禁止条約に背を向けています。唯一の戦争被爆国の責任として、一刻も早く核兵器禁止条約に署名、批准してください」と訴えました。

「被爆者代表」として、11歳で被爆した山脇佳朗さんが「平和への誓い」をのべ、「安倍総理にお願いしたい。世界で唯一の被爆国として、あらゆる核保有国に『核兵器をなくそう』と働きかけてください。この問題だけはアメリカに追従することなく、毅然(きぜん)とした態度を示してください」とのべました。

最後に、独学で学んだ英語で「この世界から核兵器を廃絶し、長崎を最後の被爆地とするために皆さんの力をお貸しください」と結ぶと会場から大きな拍手が起きました。

あいさつした安倍首相は「核兵器国と非核兵器国の橋渡しに努め」るとしかいわず、広島市の平和記念式典とほとんど同じ内容で、核兵器禁止条約にまったく触れませんでした。

~省略~

【しんぶん赤旗 2019.8.10.】

「原爆の記憶」が破壊される! 安倍首相は長崎式典でまたコピペ、佐世保市は「核廃絶は政治的中立侵す」と原爆写真展を拒否

~省略~

田上市長は平和宣言で、安倍首相にこう訴えたのだ。

「日本政府に訴えます。日本はいま、核兵器禁止条約に背を向けています。唯一の戦争被爆国の責任として、一刻も早く核兵器禁止条約に署名、批准してください」

一刻も早く核兵器禁止条約に署名、批准して──。昨年の平和宣言で田上市長は「日本政府には、唯一の戦争被爆国として、核兵器禁止条約に賛同し、世界を非核化に導く道義的責任を果たすことを求めます」と述べたが、今年は「一刻も早く署名・批准を」と真正面から強く要求したのだ。

しかも、その後も田上市長はかなり踏み込んだ。

「何よりも『戦争をしない』という決意を込めた日本国憲法の平和の理念の堅持と、それを世界に広げるリーダーシップを発揮することを求めます」

これは事実上、9条に自衛隊を明記する改憲案を進めようとしている安倍首相に対する牽制だ。

じつは、平和宣言の内容を議論する起草委員会では、今年、〈憲法9条を守るよう政府に訴えていくべきだとの意見が出ていた〉(朝日新聞7月29日付)という。平和宣言で9条に直接言及することは見送られたが、その思いが「『戦争をしない』という決意を込めた日本国憲法の平和の理念の堅持」というメッセージとなったというわけだ。

「核兵器禁止条約への署名、批准」はもちろんのこと、多大な戦争犠牲者を生んだ長崎からなされた事実上の「9条堅持」という要求は、あまりに当然のものだ。しかし、この平和宣言を突きつけられているあいだも、安倍首相はむっつりとした表情を浮かべていただけだった。

核兵器廃絶と平和憲法の堅持の訴えから背を向け、むしろ「戦争ができる国」へと舵を切る安倍政権──。そして、こうした政権の姿勢は、確実にこの国を蝕みつづけている。

実際、それを象徴するような出来事が起こっている。8月4日、長崎市佐世保市では「原爆写真展」が開催されたのだが、その後援を市教育委員会が断ったのだ。

そして、その断った理由が驚愕のものだった。この写真展では「ヒロシマ・ナガサキの被爆者が訴える核兵器廃絶国際署名」(ヒバクシャ国際署名)の活動も実施されたのだが、市教育委員会はそれが「政治的中立を侵す恐れがある」として問題視したのである。

「ヒバクシャ国際署名」は「後世の人びとが生き地獄を体験しないように、生きているうちに何としても核兵器のない世界を実現したい」という思いから、2016年4月に広島と長崎の被爆者たちがはじめた署名活動で、すべての国が核兵器を禁止し廃絶する条約を結ぶことを求めている。どう考えても、被爆者や市民が「核兵器のない世界を」「核兵器禁止条約に署名を」と求めることは当然の訴えだが、その活動を「政治的中立を侵す恐れがある」と言うのである。しかも、被爆地である長崎県の市教育委員会が、だ。

~省略~

【リテラ 2019.8.9.】

田上市長による、知性と理性に満ちた「平和宣言」に称賛の声!一方、安倍総理は不快そうな表情を浮かべつつ、またも「コピペ挨拶」を読み上げ!

出典:YouTube

田上長崎市長による、知性と理性に満ちた「平和宣言」に称賛の声が多く集まっている一方で、安倍総理はまたしても「コピペ同然」の空虚な挨拶に終始
例によって、あまりに国民をバカにしたような安倍総理の対応に、多くの怒りの声が上がっています。

上の動画では、田上市長の挨拶がごくごく一部しか映っていないけど、これだけを切り取ってみても、田上氏の表情や語り口からにじみ出ている、とても真面目で知性に満ちた人柄がよく伝わってくる
その一方で、安倍総理と言えば、まさに「心ここにあらず」という感じで、式典の最中にしばしば不快そうな表情を浮かべては、「やる気の無さ」がいつにも増して前面に出ている挨拶となった。

そして、上のリテラの記事において、なんと佐世保市の教育委員会が、核兵器廃絶を主旨とした原爆写真展について、「政治的中立を侵す恐れがある」として問題視。後援を断ったとのエピソードが出ている。
いよいよ、平和や戦争反対を訴えるような意見に対して、公共の自治体までもが「政治的中立をおかす」「思想が偏っている」との理由の元に問題視するような世の中がやって来てしまったのかと、「強い恐怖」を禁じ得ない。

平和を求める声や、戦争反対を訴えることは、「多くの人々の命を大切にすること」に直結する話であり、本来であれば、これは思想的なものなどではなく、国防(国民を守ること)に関わる話であるはずだ。
(よく、「自らを犠牲にしてお国に尽くす」ことを国防と勘違いしている人がいるけど、本来、国家とは国民のものであり、こうした思想は、戦争を引き起こそうとする資本勢力が民衆に刷り込んだ「カルト的な宗教観」だ。)

しかし、今の日本においては、平和を希求することが「思想的・宗教的なもの」などと不当に矮小化されては、しまいには「危険思想」とすらされてしまうような社会に突入してきたように見えるね。

つまりは、人類や地球を守っていくための「普遍的な考え方」すらも、様々な”欺瞞”を用いて、公然と弾圧されるような社会に入ってきたということですね。
これというのも、日本や世界を戦禍に陥れようとしている、戦争資本勢力の影響力が日本国内に本格的に及んできていることの証ですし、これまで日本人が刷り込まれてきた「(有無も言わずに)お上に忖度する精神」が蔓延し続ける限り、ますます私たちの知性や思考力が失われ、確実に、かつての「大日本帝国の悲劇」が繰り返されることになります。

1%の巨大な資本勢力(国際銀行家・巨大資本家・軍需産業・グローバル大企業など)がピラミッド構造のトップに控える、「グローバル資本主義」が深化し続ける限り、日本人特有の「事なかれ主義」「お上への盲信」「忖度文化」などが蔓延すればするほど、最後は、グローバル資本勢力の「完全なる家畜」になる未来が待っている。
こうした悲惨な”ディストピア”を食い止めるには、まずは、グローバリストに植え付けられた「奴隷思想」から脱却することが必須だし、加えて、現代社会における社会構造を知ることが不可欠だ。

すでに、かなりヤバいところにまでプロセスが進んでしまっているけど、どうか、多くの被爆者や平和や核兵器の廃絶を願う人々の思いが無駄になってしまわないように、ボクたち一人でも多くの市民が率先して、「平和や戦争のない社会」を作っていく流れが大きくなっていくことを願っているよ

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