安田純平さんが帰国後初会見!拘束生活の実態を語る!「当初はゲスト扱いで部屋にはテレビ」「工場や民家、巨大な収容施設など、合わせて10か所を転々」

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どんなにゅーす?

・2018年11月2日、安田純平さんが帰国後初の記者会見を開き、3年4ヶ月にもわたったシリアでの壮絶な拘束生活について語った。

・安田さんは、「当初はゲスト扱いで部屋ではテレビを観ることが出来た」こと、「工場や民家、巨大な収容施設など、合わせて10か所を転々とさせられた」ことなどを明かしつつ、拘束当初はある程度の自由もあり待遇も良かったものの、日本政府から連絡が来なくなった頃から徐々に環境が悪化し、武装勢力のリーダーと険悪な雰囲気になったことで、様々な仕打ちや嫌がらせを受けたことなどを語った。

武装勢力「日本政府に金要求」圧力かけるため動画撮影

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安田さんは、2日午前11時ごろから、東京 千代田区の日本記者クラブで帰国後初めて記者会見を行いました。

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この中で、安田さんはシリア北西部のイドリブ県にある反政府勢力の支配地域の生活を見るのが目的で2015年6月にシリアに徒歩で入り、その直後に武装勢力に拘束されたことを明らかにしました。

安田さんは「7月下旬に日本政府に金を要求すると言われて、この時点で正式に人質となった。8月下旬に家族の名前など、個人情報を書けと言われて家族に対して申し訳ないなど簡単なメッセージを書いた。彼らはアメリカにある日本の領事館にメールを送ったと言っていた。それに対して日本側から金を払う用意はあると言ってきた」と述べました。

その後のことについては、「12月20日すぎになっても日本側から返事が来なかったということで非常に機嫌が悪くなってきた。12月31日に彼らから妻の連絡先を教えろと日本政府に対して圧力をかけさせるということを言われて妻の電話番号とメールアドレスを書かされた」と述べました。

そして、「しばらくの間拘束していた勢力の機嫌の非常に悪い状態が続いたが、3月15日になって、動画をとることになり、彼らが書いた台本を用意されこれを読めと言われた。もっと感動的な感じを出せと言われて、私が用意した家族へのメッセージを付け足した」と述べ、初めて動画の撮影が行われたのは2016年3月で日本政府に対し、身代金を要求するためだったことを明らかにしました。

この撮影のあとの事については、「動画の撮影が終わってから、彼らの対応がよくなり、われわれは殺すことは絶対にないと再三言われた」と述べました。

一方、安田さんは拘束中の生活について、「彼らの要求に従えば、解放されるのではないかとしたがっていたが、見せしめの拷問が始まり、それがひどくなり、身動きした音だけで拷問するようになった。最終的に移された場所は幅1メートルの部屋で物音を立てると、嫌がらせを始めた。どんどんエスカレートし、指の関節の音が鳴るだけでもだめだと、拷問を始めた」と述べました。

安田さんは拘束されたあと、ことし10月に解放されるまでの3年余りの間、工場や民家、それに巨大な収容施設など、合わせて10か所を転々と移動させられたということです。

【NHK NEWS WEB 2018.11.2.】

【詳報】安田さん拘束当初は「ゲスト扱いで部屋にはテレビ」

監禁場所が民家だった間は、ゲストの扱いで、部屋にはテレビがあり、衛星番組を見ることができた。

1日6時間か10時間、電気がついてテレビが見れた。

部屋にはトイレがついておらず、1日2回、トイレに行く。

彼ら(武装勢力)が見張る間にトイレを済ませる。

食事は彼らと同じ内容。

量的にも問題なく、鶏肉やピザのような薄い料理をトルコの新聞に包んで持ってきたこともある。

監禁場所は、トルコ国境からかなり近い場所だったのだと思う。

民家の横に住んでいて、女性や子どもの遊ぶ声も聞こえた。

礼拝のアナウンスも聞こえた。

【FNN PRIME 2018.11.2.】

「私の行動によって日本政府が当事者にされてしまい、大変申し訳なく思っている」と安田さん

出典:YouTube

3年以上に及ぶ過酷な拘束生活から解放され、無事に帰国できた安田純平さんが初の記者会見を行ない、改めてシリアで経験した拘束生活の内情やご自身の考えを述べられました

安田さんは、日本政府や日本国民への謝罪と感謝を述べた上で、拘束された経緯や環境なども詳しく語り、自身も「自己責任」との考えの下で、武装勢力に身代金を払わないよう、一貫して奥さんや政府にメッセージを送り続けていたことが分かってきました。

ボク自身も、安田さんが拘束されたのは、ISなどとは異なる比較的穏健な武装勢力であるものと見てきたけど、拘束された当初は、「ゲスト(客人)」さながらの扱いで、民家のような建物の中で一日数時間テレビを観ることも許されては、ご飯もきちんとしたものを振る舞われていたようだし、民家から巨大な収容施設に移送された後も、人質同士が自由に会話できたり看守と冗談も言い合っているような、ゆるく穏やかな環境だったようだね。

しかし、日本政府からの返事が途絶えるようになると、徐々にその環境が悪くなり、武装勢力のリーダーに安田さんが反発すると、非常に狭い独居房に入れられて陰湿な仕打ちや嫌がらせを受けるようになるなど、この期間が非常に辛い状態が続いたようだ。

しかし、安田さんは、一貫して奥さんや日本政府に身代金を払わないように暗にメッセージを送り続けていたことも分かってきたし、いくら「自己責任」でシリア入りして拘束されたとしても、「自らの死の危険」を覚悟しながら、こうした意思を貫くことはなかなか出来るものではないだろう。

確かに、(本人も認めているように)安田さんにも見立てが甘い部分や判断を間違えた部分はあったと思われるし、一部でこうした批判が起こるのは仕方ないところはあると思うけど…例えば有名芸能人などが安易にこうした論調を口にしたりすると、ただでさえ、一方向に思考が「極論化」しやすい日本国民の間で、「言論リンチ」のような袋だたきの風潮がますます盛り上がっていってしまう

こうした問題は、ジャーナリストとしての使命や存在意義の観点と、一般国民と政府との関係性や、民主主義国家としてのあり方など、様々な問題をはらんだ複雑なものであり、こうした様々な背景を無視した上で表面的な事実関係だけで単純化させてしまうと、非常に重大な問題を引き起こすことに繋がり、ひいてはボクたち多くの国民自身も悪い影響を受けてしまう危険性も含んでいる。

いまだにネット上では、「物事を極限まで単純化」させた上で、あの手この手で安田さんへのバッシングを煽ったり、彼を叩く声が目立っているけど…こういう時こそ、多角的な視点を持った上で冷静に考えていきたいものだね。

安田さん自身も反省と謝罪の言葉を述べていますし、これ以上安易な「弱者叩き」の風潮の盛り上がりは、私たちにとっても大きな損害を及ぼす危険性もあり、慎重に行なうべきかと思います。

また、謎に満ちた中東の武装勢力による「人質ビジネス」の実態についても安田さんの口から多くの貴重な新情報がもたらされましたし、安田さんには、今回の壮絶な経験を活かしながら、彼にしか出来ない「社会貢献の活動」を続けていって欲しいと思っています。

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