【物議】RADWIMPS「HINOMARU」の廃盤を求めるデモがネットで告知される!ライブ会場前で開催を予定するも、批判的な人々からも反対意見相次ぐ!

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どんなにゅーす?

・メジャーバンドRADWIMPSの新曲「HINOMARU」をめぐって、その古語風な歌詞の使い方がおかしいとの指摘や、愛国心をことさらに発揚する内容に批判が集まっている中、ライブ会場前での「HINOMARU」の廃盤と、二度と歌わないことを求めるデモがで告知するツイッターアカウントが登場し、物議を醸している。

RADの「HINOMARU」騒動、抗議集会に発展か 告知の主催側「2度と歌わないこと求める」

人気バンド「RADWINMPS」(ラッドウィンプス)の新曲「HINOMARU」の歌詞をめぐる炎上騒ぎは、作詞を担当したボーカル・野田洋次郎さんの謝罪後も、一向に鎮火する気配が見えない。

今回の騒動を受けて、RADWIMPSのライブ会場の前で抗議集会を呼び掛けるツイッターアカウントも登場。J-CASTニュースでは、このアカウントを通じて抗議の主催側に取材。その意図やバンド側への要求内容などを尋ねた。

~省略~

J-CASTニュースでは14日、この抗議集会の主催側に対し、ツイッターのDM(ダイレクトメッセージ)を通じて取材。まず、警察への届け出などは済んでいるのかを尋ねると、「鋭意調整中です」との回答があった。

また、抗議集会を主催する人物の素性については「様々な社会運動の経験を持つ、賛同する諸個人です」と説明。その上で、RADWIMPSおよびレコード会社に対して、

・「HINOMARU」シングルを回収し、廃盤にすること
・ライブなどで2度と歌わない事
・「HINOMARU」の内容と、これまでの釈明が間違っていたと早急に表明すること
を要求していくとした。

一方で、バンドのファンなどからは、抗議集会について「明らかにやりすぎ」「ファンがかわいそう」などと批判や中止を求める意見も続出。こうした否定的な反応が出ていることについて主催側は、

「全ての表現は批評を受けます。抗議行動も憲法で保障された表現の自由です。そして事の重大さは過去最悪です。ですからファンもぜひ一緒に曲を問題にし、やめさせましょう」
と訴えていた。

なおJ-CASTニュースでは14日昼、RADWIMPSの所属レコード会社「EMI Records」に対し、(1)抗議行動の告知が広まっていることは把握しているか(2)何らかの対応、対策を取る予定はあるか――などを取材で尋ねたが、同日19時までに回答はなかった。

【J-CASTニュース 2018.6.14.】

一部の活動家が廃盤を求めるデモを企画するも、「これでは”愛国カルト勢力”を利するだけになる」と、反対する意見が相次ぐ!

出典:YouTube

RADWIMPSの「HINOMARU」騒動の余波が続いていますが、今度は、RADWIMPSのライブ会場前で「同曲の廃盤と二度と歌わないことを求めるデモ」を開催するアカウントが立ち上がり、物議を醸しています。
私自身もこれには強い違和感を感じてしまいましたが、やはりネット上でも、これまで同曲を批判的に評価していた人からも疑問の声が相次いでいるみたいですね。

一部では、安倍シンパのいわゆるネトウヨのような人間が”自作自演”でデモを企画したのでは?との声が上がっていたみたいだけど、どうやら、いわゆる左派系の活動家が企画したものが方々で大きく宣伝され、これが、今や「HINOMARU」に批判的な意見を出していた人々に対するイメージ悪化を狙ったキャンペーンに利用されてしまっているのが実情のようだ。

この曲を作った野田洋次郎氏の例の謝罪コメントもよく分からない内容だったけど、どうやら、一連の流れを通じて、「愛国ソングを否定する人々は言論弾圧も辞さない凶暴な人々」との印象を植え付けた上で、「心ない嫌がらせや圧力にも負けずに、”国を愛する心”を曲を通じて表明し続けていく」というイメージを作り出そうとしている動きをどことなく感じる。

こういうシナリオを野田氏本人が思いついたのか、それとも別の誰かが考えたのかは分からないけど、結果的に、「HINOMARU」は大きな話題性と知名度を生み出し、「それでもオレは日本を讃える曲を作り続けていく」という”悲劇のヒーロー”のような立ち位置を作り出すことにも成功した…という見方も出来るのではないかな。

RADWIMPSがライブの中でこの曲を歌い、「自分の生まれた国を好きで何が悪い!」と絶叫したとの情報が出ておりますが(大手のニュースサイトはどこも話題しておらず、真偽の程は不明)、なぜか、「HINOMARU」への批判的な意見に対して、これを「言論弾圧」にすり替えてしまっており「この曲に批判的なのは、暴力的な反日極左勢力」のような情報操作が展開され始めて来たように思えます。

少し考えれば分かることだけど、曲について「面白い」「つまらない」「傑作」「酷い出来」などのコメントをすることは言論や表現の自由であり、「国威発揚を促すような危険な内容だ」と批判することは、表現弾圧でも何でも無い
どうやら、野田氏の謝罪コメントも、「激しい言論弾圧にやられてしまった」という印象を植え付けるために、ある程度計算されて行なわれた可能性もありそうだし、ライブで「自分の生まれた国を好きで何が悪い!」と絶叫したとの情報がしきりに流されているのも、どうも「一連の作られた流れ」を感じずにはいられないね。
(言うまでもないけど、「自分の生まれた国を愛するな」と批判している意見は、見たところほとんど見当たらないし、この稚拙な論理のすり替えは、安倍シンパの愛国カルト宗教勢力の常套手段だ。)

そして、今回の抗議デモの話も、結果的に「この流れ」と見事に結びつけられてしまっているわけですね。
これでは、あまり詳しい事情をよく知らない一般の人々は、「HINOMARU」に批判的な意見を述べ、ある種の警鐘をならしている人々の方にこそ、悪印象を持ってしまう可能性が高いです。

そういう意味でも、「HINOMARU」が作られたスタート地点から、ある程度こうした展開(いわゆる炎上商法)を計算して発表された可能性があり、その背後には、紆余曲折を経て愛国カルト思想を今まで以上に布教させようとしている、狡猾な”プランナー”が控えている可能性も考慮するのがいいのかもしれない。

どちらにしても、曲に対する批判を全て「言論弾圧」にしてしまうのであればそれこそ、この”愛国ソング”に対する批判を全て許さない「言論弾圧」になってしまうし、社会に次々流布される、民衆を欺き、マインドコントロールしようとする資本勢力の罠にかかってしまわないように、くれぐれも注意する必要があるということだ。

そして、安倍政権や戦前回帰への危機感を持っている人達も、権力側が次々繰り出すあらゆる誘導や釣りに引っかかってしまわないように、細心の注意と今まで以上に感覚を研ぎ澄まさせていくことが必要だね。

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