【子育て・保育】「乳幼児期の教育」って何!?幼少時の子どもにおける”遊び”の大切さ

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こんにちは!森彩香こと、あやっち先生です!
前回から、ゆるねとにゅーすの新コーナー「子育て・保育」で講師を担当させていただいています。
(詳しくは、前回の記事を見てくださいね。)

今回は2回目だけど、みんな、どうぞよろしくね♪

はいっ。よろしくお願いいたします!

あはっ!あやっち先生に会えてうれしいですぅ~!
よろしくお願いしますですぅ~!!

前回は、安倍政権下で進む新自由主義政策(グローバリズムに伴う特区制度や規制緩和)における保育の質の劣化の危険性について紹介したけど、今回は乳幼児期における“教育”とは何か?について、みなさんと一緒に考えてみたい思います。
現在子育てをされている方や、これから子育ての予定がある方だけでなく、全ての人たちにとって普遍的な内容を含んでいるテーマだと思うので、少しでも楽しく読み進めてもらえたらうれしいです。

 

乳幼児期(0~6歳ごろ)に大切な“教育”とは?

じゃあ、早速始めていこうと思うけど、0歳~6歳の子どもに教育をするというと、みんなはどんなイメージを持つかな?

はい…例えば、最近はやっているのは英語教育でしょうか。
0~3歳は英語の発音を聞き取るための「脳のゴールデン・エイジ」と言ったり、7歳までに英語の発音に慣れておかないと、ネイティブのように発音が聞きとれず、流ちょうに話せなくなる…などといったことを聞いたことがあります。

確かに、「幼児英語教材」と検索すれば魅力的な教材がたくさん出てくるし、「英語 臨界期」などと検索すれば、根拠となる研究結果を知ることもできるね。
2020年から、小学校の学習指導要領が改訂されて、英語が教科化されるし、このことからも、英語はとにかく幼い時期から教育することが良いことなんだと考える人は多くなるかもしれない。
あと、プログラミングも必修化するみたいだし、幼少時からの教育が今後ますます活発になっていきそうな動きが見られるね。

プログラミングを幼児期から教えているところがあると聞いたことがあります。
なんでも、小学校以降は義務教育のため教育内容の自由度があまり高くない一方で、未就学児の教育については義務教育ほどの縛りがなく、自由度が高いので、多種多様な教育内容が実践できると。

音楽教育や運動指導に力を入れている園もあるね。
私が以前見学に行った幼稚園では、フラッシュカードで四字熟語や漢字を教えたり、小学生で読むような漢字が含まれている絵本を指で辿りながら黙読したり、日本舞踊の時間には扇の開閉の練習をしたり、音楽の時間には鍵盤ハーモニカの準備の仕方を教えたりしていたよ。

そういえば、いとこのお姉ちゃんの子どもがどこかのお教室に行ってましたぁ!
まだ3歳なんですけど、なんでも30分くらい机に座ってドリルをするらしいですぅ~

やっぱり“教育”というと、子どもに“特定のスキルを身につけさせるための教育”を思い描くよね?

…確かにそうですね。

じゃあ、厚労省が全国の保育所に対して告示している保育所保育指針では、「教育」について一体どんな風に書かれているのか、その一部を少し見てみよっか。

「子どもたちをたくさん遊ばせること」が教育!?

2 養護に関する基本的事項
(1)養護の理念
保育における養護とは、子どもの生命の保持及び情緒の安定を図るために保育士等が行う援助や関わりであり、保育所における保育は、養護及び教育を一体的に行うことをその特性とするものである。保育所における保育全体を通じて、養護に関するねらい及び内容を踏まえた保育が展開されなければならない。
―「保育所保育指針 H30年改訂」p.6

えっとぉ、養護と教育を一体的に行う…ですかぁ?

うーん、確かにちょっと難しいよね。
これをより深く理解するために、保育所保育指針解説というものがあるから、そっちの方を見てみよっか。

それによると…

【養護と教育の一体性】
保育における養護とは、子どもたちの生命を保持し、その情緒の安定を図るための保育士等による細やかな配慮の下での援助や関わりを総称するものである。心身の機能の未熟さを抱える乳幼児期の子どもが、その子らしさを発揮しながら心豊かに育つためには、保育士等が、一人一人の子どもを深く愛し、守り、支えようとすることが重要である。

養護と教育を一体的に展開するということは、保育士等が子どもを一人の人間として尊重し、その命を守り、情緒の安定を図りつつ、乳幼児期にふさわしい経験が積み重ねられていくよう丁寧に援助することを指す。子どもが、自分の存在を受け止めてもらえる保育士等や友達との安定した関係の中で、自ら環境に関わり、興味や関心を広げ、様々な活動や遊びにおいて心を動かされる豊かな体験を重ねることを通して、資質・能力は育まれていく。

乳幼児期の発達の特性を踏まえて養護と教育が一体的に展開され、保育の内容が豊かに繰り広げられていくためには、子どもの傍らに在る保育士等が子どもの心を受け止め、応答的なやり取りを重ねながら、子どもの育ちを見通し援助していくことが大切である。このような保育士等の援助や関わりにより、子どもはありのままの自分を受け止めてもらえることの心地よさを味わい、保育士等への信頼を拠りどころとして、心の土台となる個性豊かな自我を形成していく。

このように、保育士等は、養護と教育が切り離せるものではないことを踏まえた上で、自らの保育をより的確に把握する視点をもつことが必要である。乳幼児期の発達の特性から、保育所保育がその教育的な機能を発揮する上で、養護を欠かすことはできない。

―「保育所保育指針解説」p15-16

少し長いんだけど、この文章は保育における教育をよく表しているから、読んでもらえると嬉しいな。

なるほどです。

要約しますと…
子どもの命や健康を守り、情緒の安定を図るために、保育士が愛情を持って関わること。
保育士や友だちの中で安心して過ごし、興味や関心を広げながら活動したり遊んだりすることで豊かな心を育むこと。
そのためには、保育士が子どもの気持ちを受け止めて、応答的にやりとりし、子どもの育ちを見通して援助していくことが大切。

それが養護であり、教育である…ということでしょうか。

さすが、りのちゃん!
そういうことだよ。

えっとぉ、つまりはぁ…
子どもたちが保育園で楽しくたくさん遊んで、いろいろなことに興味を持って挑戦して、心も体も健康にすくすく成長していけるように、保育士さんはがんばるってこと、でしょうかぁ?

そうそう。
保育園では教育をしていないと言われがちなのだけど、実はそうではないんだよね。

養護することが教育である…といった考え方なんだ。
「子どもの育ちを見通して援助することが大切」とあるけど、それは、私は“子どもの発達を保障する”という意味であり、養護と教育とは「発達保障」なのではないか…と考えているよ。

発達の保障というのは、ハイハイをしたがる時期には安全な環境で思いっきりハイハイをさせてあげるとか、子どもが「あー!」と呼んだら「なーに?」と笑顔で応えてあげるとか、子どもが友だちと一緒に遊びたい気持ちを満足できるような環境や活動を園で作るとか、そういうことだね。

例えば、お茶の水女子大学の「幼児教育ハンドブック」を読むと、子どもが成長していく過程が想像しやすいかなと思うよ。(※年齢はおおよそのものであることに注意)
ここに書かれているように、子どもの姿が損なわれることがないよう、保護して守ること、もしくは有意義なものとして充足できるように、環境や活動を設定するのが、保育における“教育”ではないかと思うんだよね。

なんだか、私たちが思い描く“教育”のイメージとはちょっと違う感じがしますね。

教育熱心な親御さんが入園させたい幼稚園と言えば、国立大学付属幼稚園が挙げられるかな。
全国の付属幼稚園のサイトで、園での「一日の生活」を見てみると、「好きな遊びの時間」と「みんなで一緒に活動する時間」が設定されていて、みんなの時間はお弁当を食べたり、絵本を読んだり、歌を歌ったり、ゲームをしたり、ふれあい遊びをしたり、ものを作ったり…と書かれていることが多いんだよ。

英語教育、音楽教育、体操の時間というような言葉は、私が見た範囲では見当たらなかったよ。

あはっ、最初から最後まで遊んでばっかりですぅ~!

なぜ付属幼稚園がこういう教育をするかというと、幼稚園教育要領に、幼児は先生との信頼関係がある情緒が安定した中で、自発的に遊ぶことで発達に必要な体験を得ていくもので、幼児の発達過程を養い育てることが“幼児にとっての学習である”ことが明記されているからなんだよね。

第1 幼稚園教育の基本

幼児期における教育は,生涯にわたる人格形成の基礎を培う重要なものであり,幼稚園教育は,学校教育法第22条に規定する目的を達成するため,幼児期の特性を踏まえ,環境を通して行うものであることを基本とする。
このため,教師は幼児との信頼関係を十分に築き,幼児と共によりよい教育環境を創造するように努めるものとする。これらを踏まえ,次に示す事項を重視して教育を行わなければならない。
1. 幼児は安定した情緒の下で自己を十分に発揮することにより発達に必要な体験を得ていくものであることを考慮して,幼児の主体的な活動を促し,幼児期にふさわしい生活が展開されるようにすること。
2. 幼児の自発的な活動としての遊びは,心身の調和のとれた発達の基礎を培う重要な学習であることを考慮して,遊びを通しての指導を中心として第2章に示すねらいが総合的に達成されるようにすること。
3. 幼児の発達は,心身の諸側面が相互に関連し合い,多様な経過をたどって成し遂げられていくものであること,また,幼児の生活経験がそれぞれ異なることなどを考慮して,幼児一人一人の特性に応じ,発達の課題に即した指導を行うようにすること。

その際,教師は,幼児の主体的な活動が確保されるよう幼児一人一人の行動の理解と予想に基づき,計画的に環境を構成しなければならない。この場合において,教師は,幼児と人やものとのかかわりが重要であることを踏まえ,物的・空間的環境を構成しなければならない。また,教師は,幼児一人一人の活動の場面に応じて,様々な役割を果たし,その活動を豊かにしなければならない。

これも、信頼している先生がいる安心できる環境の中で、心身ともに健康に、主体的に、自分の興味に沿ってのびのびと遊ぶことが大切である、という感じですね。

そう。保育指針と同じような内容が言葉を変えて表現されてる感じじゃない?
違いがあるとすれば、対象年齢の幅が違うことと、保育指針は養護を強調すること、幼稚園教育要領は教育指導を強調することかな。
幼稚園と保育園の先生の違いは傍からは分かりにくいと思うんだけど、実は幼保一元化した現場ではこの教育・保育観の差異がしばしばあったりするんだよね…って、これは余談かな。

乳幼児における”教育”とは、何かの「特別な技術」を身につけることではなく、「人間としての基礎を作り、様々な能力を持つための土壌を作る」こと

なるほどですぅ、幼児にとっては「遊ぶこと」が「学習」なんですねぇ!

うん、乳幼児教育における「教育」とは、何か特別な技術を身につけることではないのではって私は思ってる。

・先生は子どもの“身の安全を守り”、子どもと応答的な関わりをしたり、一緒に“生活し”“遊ぶ”ことで“心の安定を図る”こと。

・生活し遊ぶことで身体をたくさん使って身体機能を伸ばし“健康な心と身体を育てる”こと。

・生活し遊ぶことで友だちと一緒に、協同したり対立したりしながら人と関わる力を育てることや、人に親しむこと。

・生活し遊ぶことで身の回りの環境に興味を持ち、関心を広めたり探求したりすること。

・生活し遊ぶことで言葉をたくさん覚えたり、話したり、読んだり、書いたり、文章や理論を紡ぐための土壌を作ること。

・生活し遊ぶことで音楽や制作などを通して自分を表現する力を育てること。

・それらの成長を促すための環境を計画して作ること。

それが、幼児教育の専門家が、子どもの教育のためにすべき本来の仕事なんじゃないかと思ってるんだよね。

勉強ができるとか運動ができるというスキルではなく、「人としての基礎」を養うことが乳幼児期には大切で、そのための教育…ということですね!

最近は非認知能力というものも注目されているね。
目標に向かって頑張る力、人とうまく関わる力、感情のコントロール力など…
こういう、「測ることのできない能力」を育てることが、子どもが大人になった時の幸せや経済的な安定につながるという研究結果があるんだよね。

「数が分かる、字が書ける」といったIQなどで測れる認知能力を幼児期に高めることは、実は、子どもの将来の成功や安定にはほとんどつながってないということが分かってきたってことでしょうか。

決して、認知能力をおざなりにする訳ではないんだけどね。
ただ、「~ができた」といった能力を伸ばすことを最重要視しないということ。
それらはあくまで、生活と遊びを通して、子ども自身の自発的な興味関心によって発達していくことが望ましいという考え方だね。

言い換えれば、「非認知能力」という測ることのできない力、目には見えて分かるものではない力を育てる重要性が、先に挙げた保育所保育指針や幼稚園教育要領で定められているってこと。
今までの科学的な研究に基づいたものが、これらの指針や要領に示されているんだ。

…って、実はこういうことは、結構昔から分かってたことなんだけどね。

えぇぇっ!
そ、そうだったんですかぁ!?

 

古くから乳幼児期の認知面発達理論を提唱していた、ジャン・ピアジェの大切な言葉

そう。
乳幼児期の認知面の発達理論を提唱した、ジャン・ピアジェ(1896~1980)という心理学者がいるんだけど、講演会の聴講者からの「どこまでも発達段階を加速することができるのですか?」という質問に対して、彼は「そのような加速から、何か有益なことが得られるのですか?」と逆に尋ねたとのこと。

つまり、ピアジェは、乳幼児期はその子の発達段階に適した経験をすることが大切で、その子の発達段階以上にどんどんと進めていくことは有益ではないと言ったんだ。

また、心理学者の中垣啓氏は「豊かな精神発達を遂げるためには、そこに至るまでに十分な準備と長期にわたる錬成が必要であり、精神発達の緩慢さは後の豊かな発達のための必要条件であって、必ずしも否定的にとらえる必要はないとピアジェは指摘しているのである。いわば『大器晩成』という発想である」と言っているよ。

そして、ピアジェはこうも指摘している。

「子どもが独力で発見できたはずのものを時期尚早に教えるたびに、子どもはそれを創造する機会を失い、それを完全に理解することを妨げていることも忘れてはならない。」

ピアジェのこの言葉について、皆さんも考えてもらえたらといいなと思います。

(「ピアジェに学ぶ認知発達の科学」著:J.ピアジェ、訳:中垣啓、北大路書房2007 p.69より)

 

まとめ

なるほどですぅ。
こんなに以前から早期教育のやり過ぎについて疑問符がついていたのにぃ、なんだか最近ますます小さな子どもたちに色々なことをやらせる風潮が加速しているのも、なんだか微妙な事態ですねぇ…。

やはり、結局のところは、子どもにはたくさん遊ばせつつ、のびのびと自由に育てることが、様々な能力を伸ばし、豊かな情緒や社会性を身につけるための近道である…ということかもしれませんね。

早期教育も、愛する子どもを想ってのことだし、子どもが楽しんでいたり、発達に問題がない範囲であれば、いろんな教育を受けさせてあげるのは良いことだと思います。
だけど、特定のスキルを伸ばすための早期教育と、人格形成の基礎を育てるための幼児教育は別物であることを理解してもらえると嬉しいです。

…というわけで、今回はここまでにしましょう!

次回は早期教育について、もう少し掘り下げて考えてみたいと思います

今回も最後まで聞いてくれてどうもありがとう♪
またよろしくね!

はぁい!
あやっち先生~、ありがとうございましたぁ!

はい、またよろしくお願いいたしますっ!

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