【最悪】埼玉・春日部駅で女子高生に追い抜きざまに汚物をかける!大宮和則容疑者(40)を逮捕!「過去にもやった」

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どんなにゅーす?

・2017年2月17日の午前8時ごろ、埼玉県の東武鉄道春日部駅で、追い抜きざまに通学途中の女子高生に左肩のあたりに汚物をかけたとして、アルバイトの大宮和則容疑者(40)が逮捕された。

・大宮容疑者は、高さ5cm、直径1cmほどのプラスチック容器に汚物を入れており、被害を受けた女子高生とは面識はなかったとのこと。

・容疑者は動機について「過去に別の女性から邪険にされて、女性に対する嫌がらせをしようと思った。前にもやった。」などと容疑を認めているという。

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春日部駅で女子高校生に汚物かける 男逮捕

警察によると、器物損壊の疑いで逮捕されたアルバイトの大宮和則容疑者は、17日午前8時頃、東武鉄道・春日部駅の階段で、通学途中の女子高校生の左肩のあたりに追い抜きざまに汚物をかけた疑いがもたれている。大宮容疑者は、高さ5センチ直径1センチほどのプラスチック容器に、汚物を入れて持ち歩いていて、女子高校生と面識はなかった。

調べに対し、大宮容疑者は容疑を認め、「過去に別の女性から邪険にされ、女性に対する嫌がらせをしようと思った」「過去にもやった」と話しているという。

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【日テレNEWS24 2017.2.17.】

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みはるちゃんパニックssaいやああぁぁーーーっ!!
何なんですかぁ、このとんでもない犯人はぁ!!

お、お、「おぶつ」ってぇ…!
こんなことされたら一生トラウマで立ち直れそうなもないですぅ!!

にゃこちゃんセーラー怒りssaいくら女の人に冷たくされたからって、おぶつをひっかけちゃあ、絶対にダメだにゃあ!

管理人ほんとに、この被害を受けてしまった女子高生が本当にかわいそうで、まったくかける言葉もないよ…。
にゃこちゃんの言う通り、いくら過去に女性に邪険にされたからって、世の中の全ての女性を逆恨みしたり、おまけにこんな汚らしいやり方で手当たり次第に復讐するなんて…こんな自暴自棄で歪んだ思考を持っていちゃあ、永久に女性に振り向いてもらうことなんてあり得ないよね。

確かに、生物学上の男女の違いはあるし、それぞれある程度の特徴や傾向の違いはあるけど、女性だって色々な人がいるし、もちろん男性だって色んな考えや思考を持った人がいる

もし過去に女性に冷たくされてしまったのであれば、自分自身がより人間(男)を磨いて、めげずに自分を理解してくれる女性を探すか、もう女性から距離を置いて、それ以外の楽しみや喜びを見つけていくか、どちらかを選んでいくべきだと思うんだけどね…。

何でもかんでも、全て「男はこうだ」「女はこうだ」と完全に決め付けしまうのも過度なレッテル貼りだし、なんと言っていいか分からないけど、過去の出来事をあまりに根に持つ男による陰湿な犯罪だといえるだろう。

みはるちゃん困りssa本当に、この犯人こそが一番人格歪んでますし、一部の女性に冷たくされたからって、全ての女性が逆恨みされちゃ、たまったものではないですぅ!

にゃこちゃんセーラー怒りssaとっても困った犯人しゃんだけど、これを機に反省して、二度とこんな迷惑行為を繰り返さないようにして欲しいにゃ!

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2 Comments on 【最悪】埼玉・春日部駅で女子高生に追い抜きざまに汚物をかける!大宮和則容疑者(40)を逮捕!「過去にもやった」

  1. こんにちは。久々にコメントいたします。
    久々のコメントがこのような記事に対するもので申し訳ないと言う気持ちもありますが、事件とそれに対する世間の反応について思うところがあったので、投稿いたします。

    被疑者の行為そのものを弁護する気持ちは全くないのですが、被疑者と似たような過去と境遇を持つ(過去に異性に邪険にされた&高齢フリーター)一人として、被疑者が歪んだ思考を持つに至った背景を考えようとせず、紋切り型の非難が繰り返されていることを、とても残念に思います。

    私が申し上げたいのは、以下の3点です。すなわち、

    ①「自暴自棄で歪んだ思考を持っていちゃあ、永久に女性に振り向いてもらうことなんてあり得ない」とのことですが、そもそも過去に女性に邪険にされた経験(その内容が如何なるものであるかは不明ですが)がトラウマとなり、「自暴自棄で歪んだ思考」を持つに至った可能性も考えられること。
    ② 被疑者が40歳のアルバイトであることから推察するに、社会の中でも己の存在価値を認められた経験に乏しく、心の奥底に劣等感を鬱積させていた可能性があること。それもまた、「自暴自棄で歪んだ思考」を持つに至った背景事情として考えられること。
    ③「自分自身がより人間(男)を磨いて、めげずに自分を理解してくれる女性を探」せというのは、結局、性愛における自己責任論を主張しているにすぎず、本人に対しこのようなことを言っても何ら解決にはならない。むしろ本人を追い詰める結果にしかならないと考えられること。

    ①について
    言うまでもないことですが、人間が肉体的にも精神的にも大きく成長できるのは、思春期と呼ばれる10代の時期です。そして恋愛が、人の精神を大きく成長させる要素であることは間違いありません。ですから、この時期に真っ当な恋愛=(親以外の)他者に自己の存在を丸ごと肯定されるという経験を積むことができた人間は、健全な自己肯定感を身につけ、その後の人生を自信を持って生き抜いていくことができると考えられます。
    しかしながら、それは裏を返せば、この時期に心に深く傷を負うような経験をしたような場合、その傷を一生涯引きずりながら生きていくことを余儀なくされるという危険をも孕んでいます。虐待や「いじめ」の記憶が、その子の心に深い傷を残すのと同じことです。この事件の被疑者が言う「女性に邪険にされた」のがいつの時期のことなのか、またどのような内容のものであったかは明らかではありませんが、場合によってはこれによって深く傷つき、鬱積した思いがやがて他者に対する加害欲求となって爆発した可能性も否定しきれないのです。その最たる例が、2008年に秋葉原で無差別殺傷事件を起こした加藤智大だったように思います。(加害欲求が他者ではなく自己に向き、自傷行為や自殺に至ることもありえます)

    ②について
    ①とも関連しますが、青少年期に健全な自己肯定感を育めなかった場合、その後の人生においても様々な悪影響が出てくることになります。
    もちろん、被疑者が40歳のアルバイトだったという点について、新自由主義改革に伴う非正規雇用の拡大の影響を指摘することもできるでしょう。ただ私は、新自由主義改革の有無に関わらず、正規雇用にありつけない層というのは一定数、確実に存在すると考えています。その一例が、「コミュニケーション能力」に困難のある人たちです。
    彼らのことを「発達障害」という枠で括るかはさておき、私が問題にしたいのは、世が「コミュニケーション能力至上主義」に席巻される裏側で、他者とのコミュニケーションを不得手とする人が往々にして、他にどんなに優れた側面があろうと「コミュ障」のレッテルを貼られ排除されてしまうという現実です。結局、コミュニケーションの不得手な人間は、それゆえに恋愛ができず、精神的な成長の機会を奪われ、心の平穏を得られず、安定した職にありつけず、不安定な生活で精神に変調を来す……と幾重もの苦難を背負わされてしまいます。
    その過程で社会に対して不満を鬱積させ、自暴自棄で歪んだ思考を持ってしまうことも、十分にありえる話です。
    このことを「努力不足」「自己責任」と言って切って捨ててしまうのは容易い(そして残念ながら、自己責任論こそが世の主流になってしまっている)のですが、本人のためにも、世の中のためにも、彼らを排除するのではなく、その才能を引き出し、活用していく方向へと世の中がシフトしていけばと思うのですが……。

    ③について
    管理人さんが書かれた「自分自身がより人間(男)を磨いて、めげずに自分を理解してくれる女性を探」せというコメントもそうですが、こと「女性に邪険にされた」云々(うんぬん)といった話になった場合、必ずと言っていいほど出てくるのが、「モテたいなら努力しろ」という言葉です。
    しかしながら、あえて問います。「努力」すれば「モテる」のでしょうか?
    私は「容姿」「カネ」「コミュニケーション能力」の3点を「モテの3要素」と(勝手に)呼んでいます。そして、「容姿」は言うに及ばず、「コミュニケーション能力」もまた、その得手不得手については遺伝的要素が大きく(いわゆる外向的な人と内向的な人とでは、脳内の信号伝達経路に違いがあるという研究もあるそうです)、更には「容姿」and/or「コミュニケーション能力」の優れた人間のもとには「カネ」も集まりやすい傾向があります。結局、性愛を得られるかどうかもかなりの部分、生まれつきによって決まってしまうのだと思います。
    こういうことを言うと、「容姿」はともかく「コミュニケーション能力」は努力次第で身に付くだろ、という反論があるかもしれません。しかしながら、あえて断言しますが、「コミュニケーションが不得手な人間は、どんなに努力したところで、生まれつきのコミュ強には絶対に勝てない」のです。どんなに努力して努力して自分を磨いてきたつもりであっても、ポッと目の前に口の上手い奴が現れた瞬間、今までの苦労は全て水の泡。根こそぎ持っていかれてしまうのが現実です。にもかかわらず「努力しろ」などというのは、トンビに向かって「努力して鷹になれ」と言っているようなものです。不可能なことを「やれ」と命じ、できないことを「努力不足」と罵るのは、ただ本人を追い詰めるだけの意味しかありません。
    では、どうしたら良いか……結局のところ管理人さんが仰るとおり、「女性から距離を置いて、それ以外の楽しみや喜びを見つけていく」しか方法はないのだと思います。ただ、この方法が万人に可能だとは言い難いところがまた、悩ましいのですが。

    【余談】
    現代において「性愛」格差はある意味で経済的格差以上に個々人の先天的特性に左右され、しかも人間の本能的欲求だけに性愛弱者の負う苦しみは深く、にもかかわらず自己責任論は経済的格差の問題以上に声高に叫ばれ、また政府による再分配も期待できないという特徴を持っています。かつては「お見合い結婚」という性愛の事実上の平等的分配システムが存在したようですが、現在では「お見合い」は完全に廃れ、いわゆる「婚活」市場において自分を積極的にPRできるような人間でない限り結婚が困難になってしまっています(私はこれが、若者世代の「非婚化」の一因ではないかと考えています)。つまり、強者だけが家庭を持ち、子孫を残すことが許される。……これは優生思想と同じではないでしょうか。
    してみると、自由恋愛が素晴らしいものであるとして喧伝され、反面で「お見合い」が否定されてきた背景には、優生思想と、その到達点としての人口削減計画があったのでは?……と、ゆるねとにゅーすを読むようになった今では考えています。
    優生思想や人口削減計画云々(うんぬん)というのはさておき、経済と同様に性愛も自由競争である限り、敗者が発生するのは必然であり、従って敗者の救済のためにも社会の安定のためにも、ある種のセーフティーネットが必要不可欠であるといえます。そして多くの論者によって指摘されている通り、日本においては漫画、アニメ、ゲームなどのいわゆるオタク産業が、事実上のセーフティーネットとして機能してきたことは間違いありません。たとえ逃避と言われようと、これらバーチャルの世界に没頭することが、結局、管理人さんの仰る「女性から距離を置いて、それ以外の楽しみや喜びを見つけていく」ことに通ずるのではないかと私は思います。
    そこで今、私が非常に懸念しているのが、「安倍内閣がいよいよ、マンガ、アニメ、ゲームを規制する法案(いわゆる「青少年健全育成基本法案」)を出してくるのではないか?」ということです。
    これら表現行為を規制すべきだとの主張は長きにわたって自民党所属の議員を中心に展開され、その度、根強い反対運動によってどうにか法案提出を撤回させてきたという経緯があります。しかしながら、詭弁を弄して自衛隊を戦地に送り込み、TPP関連法案を強引に通過させ、カジノ法案をあっという間に成立させ、そして今や共謀罪すらまともな議論もないまま成立させようとしている安倍政権だけに、マンガ等の規制法案を出してくることも「ありえない」とは言い切れない。むしろ、共謀罪を強引に成立させた後、勢いに乗ってマンガ等規制法案を提出し、必殺技「強行採決」を繰り出して法案を成立させてしまうのでは?という気さえしています。何しろ自民党内の一部勢力にとってマンガ等規制法案の成立は悲願のようですし、統一教会が規制強化を訴えているという話も聞いたことがありますから。(統一教会が規制強化を訴えているからこそ自民党は規制強化にご執心なのか?ということに、いま気付いた)
    以前だったら国民の根強い反対によって廃案に追い込まれていたはずの法案が、いとも簡単に(しかも何本も)通ってしまう。つくづく、異常な時代を生きていると感じさせられます。いま安倍政権を終わらせない限り、本当に日本という国そのものが「ブラック国家」化してしまう(もう既に「ブラック国家」かもしれませんが)。そんな危機感を抱いています。
    安倍記念小学校問題を機に政権が吹っ飛んでくれることを、切に願っています。

    • ちはやさん

      久しぶりにコメント、本当に有難うございます!(^^)
      ご自身も色々とお忙しい中お元気にされているかなあと思っていたのですが、今も見ていただけていてとても嬉しいです!

      コメント拝見させていただきましたが、ちはやさんの真面目で優しいお人柄が伝わってきました。

      この記事では、事件の性質上、少し手厳しい内容になってしまいましたが、しっかりと考察すると、ちはやさんのおっしゃるような問題は確かに包含している可能性が大いにあります。

      ボク自身も決して女性にモテる方ではないですが、男性と女性の関係は本当に難しいです。
      人類が誕生して以降、どんなに世の中が変わろうとも、根本的な違いや隔たりは普遍的に変わっていませんし、恐らく人類が絶えるまで、変わることはないでしょう。

      ボクはプロのカウンセリングや心理学などのテクニックなどを知って、これらを使用することで、ある程度の女性恐怖症などを克服することは可能かと思っていますが、ボクもちはやさんと同じく、これは先天的な才能やセンスが最も大きく作用するものと思っています。
      どちらにしても、単なる見た目よりも経済力やトーク、経験、女性のツボを刺激するような気遣いやユーモラスさが最も大きな部分を占めていることは、恋愛も自由競争となった今、ますます明らかになってきています。
      (これは、こちらが引くほどに10代~40代までの女性と遊びまくっていた以前の友人も全く同じことを言っていたので、確かなことかと思います。そして彼も決して容姿が優れているわけではなかったんですね。)

      これ以上色々書いてしまうと、女性の方々にも不快感を持たれてしまうかもしれませんので控えておきますが、男性には男性しか分からない深い悩みがありますし、女性にも女性しか分からない深い悩みがあると思います。

      そして、恋愛も今や完全な自由主義経済の競争社会になってしまったので、より強いオスが女性に重宝され、弱いオスは淘汰されるという、大変に容赦ないシビアな世界となってしまいました。
      ちなみにボクは、あらゆる格差社会に強く反対していますので、もちろん、恋愛も当時のお見合い結婚が多く、近所のおばさんなどが世話を焼いて取り持ってくれたようなかつての社会の方を支持しています(これもメリット・デメリットあり、手放しで素晴らしいとは言い辛い部分はあるのですが、少なくとも少子高齢化は食い止めることが出来るでしょう)。

      ボク自身も経験がありますが、ただ単に「人間力がある」「優しい」だけではモテないのは確かですし、社会がなるべく多くの男性に若い頃から女性に多く接する機会を作ったり、男性力を磨くための経験や知識、テクニックを得る機会を作ること、そして、出来る限り仕事や経済苦などの日常生活のストレスを軽減させていくこと、さらには庶民全体の賃金を上げることで、男性としての自信・将来に対する希望をより多くの男性が持つことによって、少しはこういう自暴自棄の行為に走る男性が減っていくのでは…と感じております。

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