【酷い】富士山測候所の「カンテラ日誌」を東京管区気象台が廃棄!眼下での空襲など、68年間を綴った貴重な歴史資料!専門家や識者からもショックと怒り!

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どんなにゅーす?

・2004年に閉鎖されるまで68年間綴られていた、富士山測候所の職員が記録していた歴史的資料「カンテラ日誌」を、保管していた東京管区気象台が2017年11月以降に廃棄(溶解処分)していたことが判明。「文書整理の一環」だったと説明しているという。

・「カンテラ日誌」には、戦争当時に富士山の眼下から見えた空襲の様子が生々しく綴られるなど、世界的に見ても貴重な記録が数多く綴られており、廃棄の事実を知った専門家や識者らからは、激しいショックと怒りの声が次々に上がっている

富士山測候所
日誌を廃棄 68年間つづった貴重な40冊

気象庁富士山測候所の職員が68年間つづった40冊以上の「カンテラ日誌」が所在不明になっていた問題で、同測候所を管轄した東京管区気象台は毎日新聞の取材に、昨年11月以降に「文書整理の一環」で廃棄していたことを明らかにした。気象観測のほか、眼下の空襲など太平洋戦争も記録した貴重な資料が失われた。閲覧したことがある気象専門家らは「職員が見たまま感じたままを率直に記した第一級の歴史資料だった。機械的に捨てるなんて」と批判している。

同気象台総務課によると、日誌は昨年11月までは倉庫にあったが、他の行政文書と一緒に溶解処分したという。取材に対し同課担当者は「毎日の出来事や感想を個人的に書き留めたもの。職務ではなく、行政文書に当たらない。庁舎内のスペースは有限で、必要ないものを無尽蔵に保管できない」と説明した。

日誌は、測候所が山頂(3776メートル)に移転した1936年から無人化された2004年まで書き継がれ、その後の大半は東京都内の同気象台に保管されていた。毎日新聞は今年1月、情報公開法に基づく開示請求で「不存在」の通知を受け、取材で「庁舎内にない。これ以上分からない」と説明された。3月の報道後、廃棄が分かったという。

日誌は一部が一般書籍や気象庁発行の冊子、研究論文などに引用されている。観測奮闘記のほか、戦時中は南から飛来する米爆撃機B29の編隊や、空襲に遭った街が赤々と燃える様子を描写。「中都市が攻撃を受け、毎晩一つ、二つと焼土となる。これが戦争の現実」などと記していた。

【毎日新聞 2018.8.10.】

先人が遺した貴重な「歴史的資料」を守る感覚と想像力が極限まで欠如!日本の役所の劣化が止まらない

出典:Wikipedia

ネット上でも、専門家を中心に怒りの声が次々と上がっていますが、東京管区気象台が、世界的にも価値がある貴重な歴史資料「カンテラ日誌」を溶解処分していたことが判明しました。
これもまさに、森友公文書改ざん自衛隊日誌隠蔽と同じく、国家としての「記録文書」の重要さや価値を、今まで以上に軽視する風潮が、日本政府内に広がっていることを示しているのかもしれません。

現役時代から「記録文書の大切さ」を一貫して訴え続けてきては、これらをとことん軽視してきた安倍政権を強く批判し続けてきた福田康夫元総理も激怒しそうな話だね。

ネット上でも多くの指摘が出ているけど、「庁舎内のスペースは有限で、必要ないものを無尽蔵に保管できない」というのなら、博物館や資料館に寄贈することも出来るし、このコメントを聞いても、職員がこれらの歴史的資料の価値を全く理解していないことがうかがえる。

どうも、安倍政権になってからというもの、「先人が遺した知恵や叡智」というものに、全く関心や敬意を払わずに、自身の権力強化に都合が悪い文書や資料などを次々に無視・隠蔽・改ざん・破棄などしては、憲法すらをも無視し、ルールや秩序を破壊する動きが目立っている。

こうした姿勢というのは、知性・教養の劣化にも繋がるし、国民のための平和で安定した国家を作り上げるには、過去のあらゆる出来事を記した歴史資料や、先人が苦労して編んだ法などに真摯に向き合い、慎重にこれらを検証しながら、今の時代に即したルールや制度を丁寧に築いていく必要がある。

もちろん、今回破棄されてしまった日誌の中にもこれらに繋がるヒントが多く書かれていた可能性があるし、「歴史資料の価値を理解できない」というのは、すなわち「文化的素養や感性、想像力が激しく劣化している」ともいえるだろう。

一度廃棄してしまうと二度と戻ってくることはありませんし、これも色々な意味での「日本政府の劣化と凋落」を象徴している出来事なのかもしれませんね…。

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