百田尚樹氏の「日本国紀」、Wikiや新聞記事などからのコピペ(パクリ)疑惑が浮上!多くの矛盾点や間違いに突っ込みも相次ぐ!

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どんなにゅーす?

熱烈な安倍シンパとして知られる作家の百田尚樹氏の新刊「日本国紀(幻冬舎)」が、日本全国で大々的にキャンペーンされている中、早速、Wikipediaや新聞記事からの多数の剽窃(コピペ)疑惑が浮上。他にも多くの矛盾点や間違いも次々指摘されており、ネット上で批判が殺到している。

百田尚樹『日本国紀』の無知と矛盾にネットから総ツッコミが! 同じ本なのに主張がバラバラ、監修者降板騒動も

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今回の『日本国紀』もきな臭い匂いがプンプンしてくるが、いずれにしても、SNSでは同書が書店にならんだ直後からそのトンデモな内容が次々指摘されている。

たとえば百田センセイは、冒頭の「序にかえて」で〈我が国、日本は神話の中の天孫の子孫が万世一系で二十一世紀の現代まで続いているとされている。こんな国は世界のどこにもない〉と明言している。念のため言っておくと、「万世一系」とは幕末に作られた言葉で、(歴史学の通説では架空の人物である)神武天皇を初代とし、以降、皇室は現在にいたるまで神武天皇の血を男系で受け継いでいるという考え方のこと。幕藩体制を暴力革命で打破した明治政府は、「万世一系の天皇」を中心とする「万邦無比の国体」なる思想を敷衍することで、民衆支配の基礎を固めようとした。

当然、百田センセイもまた、『日本国紀』の序盤から神武天皇(の神武東征)の存在を前提に書いているのだが、数ページも読み進めるとビックリ。なんと、百田先生は、天皇家の血は途中で断絶しているという説=王朝交代説を普通に支持しているのだ。

たとえば百田センセイは、14代・仲哀天皇と15代・応神天皇の間に王朝が入れ替わったという説について、〈敢えて大胆に推察すれば、ここで王朝が入れ替わり、その初代を表すために、「神」の文字を用いたように思える〉と書いている。

まだある。歴史学的理解では、実在が確実視されている26代・継体天皇から現天皇に続く「皇統」が確立されたとする説が有力なのだが、やっぱり、百田センセイはその通説に従っているのである。

〈現在、多くの学者が継体天皇の時に、皇位簒奪(本来、地位の継承資格がない者が、その地位を奪取すること)が行われたのではないかと考えている。私も十中八九そうであろうと思う。つまり現皇室は継体天皇から始まった王朝ではないかと想像できるのだ。〉

ようするに、百田センセイは「万世一系」を自ら、あまりにアッサリ放棄してしまっているのだ。いやはや、〈我が国、日本は神話の中の天孫の子孫が万世一系で二十一世紀の現代まで続いているとされている。こんな国は世界のどこにもない〉という“日本スゴイ!”のノリはなんだったのか。もう一度言うが、これ、ほんの数ページ前の記述である。

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「男系天皇」の解説で「過去の女性天皇の父親は全員天皇」と大嘘

しかも、百田センセイは同書のクライマックスである「終章 平成」のリードにおいても〈日本は神話とともに誕生した国であり、万世一系の天皇を中心に成長した国であった〉と念を押している。この人、自分で書いたことを忘れているのか。それとも、ゴーストやデータマンが書いたものをろくにチェックしていないということなのか。まさか作家を名乗りながらゴーストライターを使っているなんてことはないだろうが、同じ人間が書いたとは思えないくらい主張がてんでバラバラなのである。

なお、継体天皇時の王朝交代説を肯定的に記した次のページには、万世一系について説明するコラムが挿入されているのだが、そこでは「男系」についてこう書かれている。

〈日本の天皇は二代目の綏靖天皇から第百二十五代の今上陛下まで全て、初代神武天皇の男系子孫である。男系とは、父、祖父、曽祖父と、男親を辿っていけば、祖先に神武天皇がいるという血統を持っていることをいう。
日本では開闢以来、一度たりとも男系ではない天皇は即位していない。ここで理解してもらいたいのは、女系天皇と女性天皇は同じではないということだ。日本には過去八人(十代)の女性の天皇がいたが、全員が男系である。つまり父親が天皇である。〉

よく読んでもらいたい。前半の段落はまあ、一般的にいわれる「男系」の説明。だが、その次の段落で百田センセイは、歴代の女性天皇の全員が「男系である。つまり父親が天皇である」と書いているのだ……って、あの、皇極天皇と元正天皇の父親は皇族ではあっても天皇に即位してないんですけど。こんな理解で大丈夫なのか? 民族派右翼から糾弾されたりしないか心配だ。

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【リテラ 2018.11.17.】

予想通りのトンデモ本だった百田氏の「日本国紀」!次々とコピペ(パクリ)疑惑が発覚し、現在進行形で剽窃箇所が更新中!

出典:amazon

異常なくらいに日本のあちこちで宣伝キャンペーンが展開されてる百田氏の「日本国紀」だけど、予想通りのトンデモ本だったみたいねっ!!
すでに、信じられないくらいにWikipediaや新聞記事などからのコピペ疑惑が噴出してきているけど、本の中には出典もほとんど出ていないみたいだし、これはあまりにも酷すぎるじゃないかしら!?

例えば、「論壇net」さんのこの記事などが、百田氏のコピペ疑惑をとても分かりやすく具体的に紹介しているけど、今も次々とあちこちの箇所においてネタ元が発掘され続けている状況であり、どこまでコピペにまみれているのか全容が分かっていない状態のようだ。

こうした、原文を元にしつつ、ところどころ言い回しや表現を変えながら、「自作の文章」として発表するのは「作家」としてはあってはならないことで、完全な盗用にならないように適宜文脈や表現、言葉の順序を変えているというのも、非常に悪質と言わざるを得ない。
おまけに、内容そのものについても、多くの矛盾や主張がコロコロ変わっている部分があるみたいだし、これも、色々な元ネタをコピペしたことで、全体の統一性や一貫性がなくなっている可能性があるかもしれないね。

そもそも、百田氏といえば、やしきたかじん氏をテーマにしたノンフィクション作品「殉愛」において、数々のデタラメや捏造が明らかになった上に、たかじん氏の長女が起こした裁判で出版元の幻冬舎に損害賠償命令が下されており、この時点で、彼の「作家」としての地位はすでに地の底まで墜ちたはずだ。
それにもかかわらず、これにも全く懲りずに(非常に難解で深遠なテーマである)日本の長大な歴史そのものにスポットを当てた作品を堂々と発表している厚顔無恥さにも驚くし、(巷で言われているように)これが大量に売れている上に、感動して涙を流している人が続出しているのだとしたら、日本社会における深刻な「知性や感性の劣化」にも強い危機感を抱かざるを得ないような事態だろう。

とにかく、安倍総理の熱烈な信奉者という時点で、この人物の信頼性はゼロどころか「マイナス100」だし、ここまで劣悪な作品を得意顔で発表するような人物が日本のメディア界で重宝されている事実そのものが、「現代日本の深刻な”反知性化”」をよく表しているだろう。

私も、こんな品格も教養もゼロの人の著作も買う気も読む気も全く起きないし、こんなトンデモコピペ本の内容に感動して涙を流す人の感覚が全く理解不能だわぁ~っ!

なんせ、ビジネスホテルに宿泊する際には、コイン投入口に針金を差し込んで有料成人ビデオをタダで観ていたことを自慢するような御仁だからね。
やることなすことが常に反社会的だし、こうした人物がメディア界で強い影響力を持ちながら、安倍政権と深い関係を構築していること自体が、日本社会の”末期症状”を物語っているのではと思うよ。

今回の一件については、今もネット上の有能なリサーチャーによる分析が続いている状況なので、今後の展開を見守っていきたいところだけど、とにかく、百田氏やその界隈がこれ以上増長しないためにも、冷静かつ地に足のついた評価やイメージが広がっていくことを願っているよ。

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