【茶トラ猫エレナの闘病記】2年半もの長き病魔(悪性リンパ腫&腎不全)との戦いを終えたエレナ、どうか安らかに

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こんにちは。ゆるねとにゅーす管理人です。
サイト開設以来、継続的にその容態と経過を綴り続けてきた愛猫エレナだけど、昨日、悪性リンパ腫のステージ5の診断を受けてからおよそ5ヶ月半最後の壮絶な病魔との戦いの中、エレナがついに虹の向こうの世界へ旅立っていきました
今回、闘病記シリーズとして、最後の記事をお届けいたします。

個人的な内容を含んでおり恐縮ですが、目にしていただけた皆さまに何かを感じていただけますと幸いです!
(前日と当日途中までの詳しい経緯はこちらをご覧ください)

10月26日夜、全身の痙攣と小康状態を繰り返す中、ついに最期の時が

数日前までは病魔の影響を感じさせないくらいに元気だったものの、前日の早朝に突然に、てんかんに似たような激しく転げ回るような痙攣が発生し、朝一で病院に連れて行くも、帰宅した後も度々痙攣に見舞われていたエレナ。
前日は、意識が戻った後にはご飯も多く食べ、いくらか歩くことも出来たが、高カロリーの流動食をこまめに与えるも、大きく容態が改善する様子は見られず、その夜には徐々に歩くことも出来なくなってきていた
それでも、ボクと一緒にお風呂に入るのが大好きなエレナは、足を引きずりながら何とかお風呂の前にたどり着き、入ろうとするくらいの意識は残っていた
(普段は、そこで扉を開けてもらえるように「にゃあにゃあ」と声を上げていたが、この時はすでに鳴くことは出来なかったようだ。)

ボクは、0時を越えた10月26日の深夜に記事の更新を済ませた後にエレナに流動食を与え、朝5時過ぎに就寝。
家族に午前中の看病を任せた後、お昼過ぎに起床し、エレナの様子を見てみると…すでに完全に動くことができなくなり、呼びかけにもわずかにしか反応しない状態になっていた。

流動食はいくらか飲み込んでくれるものの、午前中には3回程度だった痙攣が、午後になると15分に一度くらいの頻度で起こるようになる。
極度の低血糖状態が疑われたために、糖分補給のためにガムシロップを近所のお店で買ってきて、スポイトで与えてみたものの、大きな効果は見られず、やはり痙攣が継続的に起こる。

ガムシロップをさらに2杯ほど与えてから、およそ1時間くらいたった午後5時頃、痙攣が止まり、ベッドでじっと動かなくなる
ガムシロップの効果がもしかしたら出てきたのかもしれない。あれほど頻発していた痙攣がピタリとストップした。

午後6時頃、母が仕事から帰宅しエレナに声をかけた。
すると、エレナが急にもぞもぞと動き出した
驚くことに何度も自力で起き上がろうとする

どうやらガムシロップの効果が良く効いてきたようだ

一気に血糖値が上がったことで、脳に再び糖分が送られ、意識がどんどん戻ってきたのかもしれない。
半身を起き上がらせ、ボクや母親、そして父親の顔をしっかりと見たエレナは「にゃあ!」と力強い声を上げた

「ここまで何度も死の淵から這い上がってきたエレナが、なんと、また戻ってきてくれた!」
「この様子を見る限り、ご飯をあげればまた食べてくれるかも、そしてまた前のように自力で歩けるくらいに回復するかも…!!」

そんな期待を家族間で共有し、急いで好物のマグロ缶をエレナの前に差し出した
鼻をかすかに動かし、明らかに食べたそうな様子を見せる
でも、口を開けることが出来ない
母親がエレナを抱え上げ、食べやすそうな体勢に変えようとしたが、身体に骨があるとは思えないほどに驚くほどに全身がぐにゃぐにゃになっており、とても口を開けて食べられるような状態ではなかった。

ついさっき、自ら立とうとしていたことが信じられないくらいに、身体全体が壊死しかかっている。
すでに、ありとあらゆる神経が度重なる痙攣によって麻痺、脳機能に深刻な異常をきたしてきていることをここでようやく理解した。

そう。エレナは、三途の川を渡っていってしまう直前に、最後の最後まで、「生」に対する強い執着と意地を見せたのだ。
ようやくその現実がボクたちの間で分かり始めたその時、またしても昨夜に続き、エレナを容赦ない吐き気が襲い、いつものように口をくちゃくちゃさせると、横になったエレナの口からだらだらと力なく吐瀉物が流れ出た

すでに勢いよくそれを吐き出す力もなくなってしまっていたエレナは、そのこみ上げてくるものを詰まらせてしまったのか、苦しそうに目を大きくカッと見開き、大きな口をあけて何度も声にならない声を出してあえいだ
母親は慌ててエレナを吐きやすい体勢に変えようと身体を持ち上げたが、すでに伸びきったゴムのようになってしまっている身体を思うような体勢にすることは至難の業だった

吐瀉物によって、その僅かに継続していた呼吸を奪われたエレナは、その苦しみを懸命に振り払うように無意識の中で抵抗するも、大きく波打っていたお腹の動きと、口を苦しそうにパクパクと何度も開け閉めする動きがみるみる弱くなり始め、その間隔が広がっていった
ボクと母は、そのエレナの壮絶で痛ましい姿をただただ見届けるしかなかった

やがて、その間隔は極限まで広がり、やがて、完全に、どんな時にでも途絶えることのなかったエレナの呼吸が止まった

2017年10月26日、19時20分

エレナの2年半にもわたる、壮絶な病魔との戦いが終わった瞬間だった

母は泣きながらエレナに最後の労いの声をかけ、ボクもエレナにありったけの感謝の言葉を投げかけた。

完全に呼吸が止まり、エレナの身体が冷たくなってきたのを確認した後、昨日の朝に慌てて組み立てておいた、インターネットで注文していたペット用のお棺にエレナを移すことに

そういえば、このお棺を慌てて注文したのが、5月の半ば頃
その時は、ものの数日でエレナをこのお棺に入れる事態になることを覚悟したが、気がつけばすでにここから5ヶ月も経過していたのだ
かかりつけの先生もメール相談の先生も一様にただ驚いていたが、それくらいに「あり得ない」くらいに、エレナはここまでたくましく命を繋ぎ続けてきたのだ
目の前で動かなくなった、すっかり変わり果てた姿のエレナを見て、一気に様々な思い出があふれ出てきた。

15年前の生後3ヶ月の頃に、エレナが我が家にやってきたその日のこと。

あまりに元気すぎる「やんちゃ坊主」に手を焼きながら、たくさん笑い、ありったけの愛情を注ぎながら、エレナが長生きすることだけを考え、寝食を共にし続けてきた日々のこと。

寒い日になると、毎日欠かさずボクの枕元にやって来て、ずっと腕枕で寝かせてあげながら、毎日腕が痛くなっていたこと。

自らの手足だけでなく、ボクの腕までも丹念に毛づくろいしてもらい、ざらざらの舌でたくさん舐められしょっちゅう赤く腫れていたこと。

そして、人との付き合い方が上手ではなく、内向的だったボクをここまで前向きな性格に変えてくれたことや、徐々に亀裂が入り始めていたボクの家族に笑いを取り戻し、家族みんながエレナとともに数え切れないほどにたくさん笑ったこと…

・・・
エレナをベッドからお棺に移そうとすると、口からダラダラと液状の吐瀉物が流れ出てきた。
急性すい炎を患う前の2年前(2015年4月ごろ)から、一体何度この激しい嘔吐に見舞われたことだろう

その持ち前の生命力と心の強さで、慢性的な不治の病魔と戦い続けてきたエレナ。
エレナのその筋金入りの頑固さと意地っ張りな性格は、15年半過ごしたボクも心の底から良く理解している。
困難な状況になればなるほど、その意志を意地でも曲げず、ひたむきに一本気で突き進むエレナらしい生き方だった。
しかし、もう少し穏やかで楽な最期を迎えさせてあげたかった。
だが、その辛く苦しい戦いを終えた表情は、驚くほどに穏やかなものだった。

訃報の知らせを聞いて慌てて仕事から戻ってきた妹は、すでに、玄関に入ってきたときから目を真っ赤に腫らしていた。
元々は妹の友人の縁で我が家に来ることになったエレナだけに、妹もその溺愛ぶりは筋金入りだった。

妹はいつまでも大きな声をあげて泣き続けていた。
母も目を真っ赤にして、静かにその感情をあふれ出している。
文字通りに、エレナは一時期離れかかっていた家族を繋いだ「かすがい」であり、家族に絶え間ない笑いを届けたムードメーカーだったのだ。

棺に綺麗におさまったエレナに、妹が仕事帰りに買ってきた花をたむけ、昨冬に(発症後ずっとお世話になり続けたメール相談の先生からのアドバイスで)防寒用に買った洋服を入れ、好物の缶詰を供えてあげた。
ボクの大切な親友、そして多くの温かい人たちに支えられ、文字通りに人一倍皆に愛されながら天寿を全うしたエレナだった。

享年15歳と8ヶ月
ここまで、辛く苦しい闘病生活を送りながらも、その生への強い執着とたくましい生命力で最後まで生き抜いたエレナに、そして、一生忘れることのないかけがえのない楽しい思い出と毎日をプレゼントしてくれたエレナに、心の底から感謝の気持ちを捧げたい。

エレナ、この15年間、本当にありがとう!
どうか永遠に安らかに。

(茶トラ猫エレナの闘病記・完)

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