【愛知・一宮市】浅井中学校3年の男子生徒が大阪駅前のグランフロント大阪から飛び降り自殺 担任への不信感のメモ残す

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どんなにゅーす?

・2017年2月6日に愛知県一宮市の市立浅井中学校3年の男子生徒が、大阪駅前の商業施設「グランフロント大阪」から飛び降り、自殺していたことが判明。市教育委員会が発表した。

・男子生徒は飛び降りる前に友人にゲーム機を渡しており、その中のメモ機能で、担任教師に対する強い不信感や「存在価値など人生の全てを壊された」とのメモが残されていたという。

・男子生徒の両親は何度か担任との関係について学校側に相談しており、教育委員会は「適切な対応が出来なく、申し訳なかった」とのコメントを発表した。

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愛知の中3男子が飛び降り自殺 グランフロント大阪

愛知県一宮市教育委員会は10日、市立浅井中学校3年の男子生徒(14)が6日夜に大阪市内で自殺したと発表した。市教委は「生徒が思い悩んでいたことに気付かなかった」と説明。一方、遺族側は「学校に改善をずっとお願いしていた」と主張している。

市教委の説明では、男子生徒は6日午後11時40分ごろ、大阪市北区のJR大阪駅前にある商業施設「グランフロント大阪」の7階から飛び降りたとされる。8日に大阪府警から浅井中に連絡があったという。

市教委は10日夜、「適切な対応ができなかったことは誠に申し訳なく、強く責任を感じている」。中野和雄教育長も「遺族の意向で、これ以上はお答えできない」とコメントした。

生徒の遺族は朝日新聞の取材に対し、「昨年から両親が何度も学校に足を運び、改善をお願いし続けてきた」と明かし、生徒が悩んでいたことは学校側も把握していたはず、と指摘している。

【朝日新聞 2017.2.11.】

担任への不信感記したメモ残し、愛知・一宮市 中3男子自殺

市立浅井中学校に通う中学3年の男子生徒(14)は今月6日、JR大阪駅前の商業施設から飛び降り死亡しました。一宮市教育委員会によりますと男子生徒の携帯ゲーム機には遺書のようなメモがあり、そこには「担任に学力や存在価値など、私の人生全てを壊された」などと記されていたということです。また、男子生徒の保護者は担任との関係について、学校にたびたび相談していました。
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【TBS Newsi 2017.2.11.】

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りのちゃん困り3ssa最近あまりに多発している中高生の自殺ですが、今度は愛知県の一宮市でこうした悲劇が起こってしまいました

今回は報道を見聞きする限り、担任の教師とのトラブルが原因だったみたいですが、両親もたびたび学校側にも相談していたにもかかわらず、全く問題の改善や解決に至らず、最も悪い結末になってしまったのは、あまりにもやりきれない思いです…。

管理人男子生徒がゲーム機に残したメッセージ、かなり重くて絶望感の伴う内容だけど、一体担任の教師と何があったのだろうか
りのクンの言う通り、すでに生徒と教師の間でトラブルが起こっていることが学校側にも認識されていたにもかかわらず、そして、両親も何度も問題の改善をお願いしていたにもかかわらず、それでもこういうことになってしまったのは、やはり学校や教育委員会側にも、真剣かつ抜本的に問題に対処する姿勢もやる気もなかった可能性がある。

そして、このサイトで何度も言っているけど、こういう事例を見ても、いじめや学校内の人間関係のトラブルを学校側が解決できると思わないほうがいい
もはやこれらにはほとんど期待しないで、親御さんが積極的に子どもが問題を抱えている環境から引き離すのが、何より先にやるべきことであり、学校に通い続けることよりも、命を守ることを何よりも優先させるべきだ。

子どもたちは感受性が豊かな上にまだ社会経験が少ない分、閉鎖された社会や環境による心身への影響は計り知れないし、(これはボクの当時の経験則だけど)その分、強いストレスを受けている環境から引き離してあげると、その分心の傷も癒えやすく、まだ若い柔軟な頭や思考で気持ちの切り替えも出来やすいはずだ。

ここまで日常的に多発しているにかかわらず、いまだにこうした抜本的な子どもの自殺対策もろくになされていない現状には強い怒りを感じるし、子どもたちが人間関係のトラブルや強いストレスを断ち切る方法として”死”を選んでしまうケースが増えているのも、この現代社会のある種の「価値観」がそうさせているのではと考えているよ。

教育の現場もいまだに「事なかれ主義」「やる気なし」の体質が蔓延しているし、このままではますます子どもたちの自殺が増えていってしまうのではと、強く心配しているよ…。

りのちゃん怒りssa私も、とにかく「学校に行くことよりも、まずは何よりその場所から子どもを引き離す」ことに全力を傾けるべきだと思うのですが、いまだにこうした対応への理解が進んでいない現状には、強い危機感を感じています。

そして、何よりも、もっと子どもたちに「命の大切や尊厳」を言わずとも理解してもらえるような社会を作っていくべきだと思います。

管理人最近どうも、日本の国や政治自体が、国民の人命軽視、健康軽視の方向に進んでいるように思えてならないからね…。

なんとしても、こういう悪い風潮や政治の流れを国民全員で改めさせて、もっと一人一人の生活や命を重く考える社会になっていってほしいものだ。

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5 Comments on 【愛知・一宮市】浅井中学校3年の男子生徒が大阪駅前のグランフロント大阪から飛び降り自殺 担任への不信感のメモ残す

  1. 私も中学生の頃、いじめを受けていた経験があります。親にも言わず我慢してました。子どもって親を気遣って結構言わないんですよね。日本ってそういう自分を苦しめる環境があっても忍耐せねばならぬ、耐えられないのは我慢が足りない自分が悪いっていう価値観があって、それが子どものSOSを黙らせるし、親が子どもの問題を察知しても転校するという選択をできないことに繋がってるんだろうなぁと思います。転校してもまた噂も流れるでしょうしね…。
    私は中学生時代、我慢して毎日通って、確かにその時に反骨精神のようなものは養われたし、自分を考えるキッカケになったし、あの経験のおかげでその後の人生にプラスに働いたことはあるなぁと思います。
    だけど、今、中学時代の自分に何か言えるなら、我慢しないで親に言って逃げなさいって言ってたと思います。そんなトコは、逃げていいんだよって。逃げるのは卑怯でも弱いのでもなく、自分が生きていくための術なんだよって。ミサイル飛んで来たら、ここが戦場になったら、みんな生きてくために逃げるんだよ。って。
    そういう意識が日本全体にあるといいですね。自己責任もあるけど、人間って社会を作って人と協力することで生存できてる生き物なので、それだけじゃないんですよね…
    とりとめなくなってしまいましたが…

    • 逢坂さん

      そうだったのですね。本当に辛く大変だったかと思います。
      ボクも中高といじめにあった経験がありますし、だからこそ、彼らの行き場のない絶望感や死を選んでしまう気持ちもある部分で理解できるのです。
      恐らく、似たような経験をされた方であれば、何故こんな道を選んでしまうのかも少しは分かる部分もあるのではないでしょうか。

      >私は中学生時代、我慢して毎日通って、確かにその時に反骨精神のようなものは養われたし、自分を考えるキッカケになったし、あの経験のおかげでその後の人生にプラスに働いたことはあるなぁと思います。

      ご自分に鞭を打って、頑張って学校に通われたのですね。
      ボクは、中学は頑張って通いましたが、高校は「もうこんなの嫌だ」となって、反対していた親に懇願して学校をやめました。

      逢坂さんのおっしゃるとおり、「少々の嫌なことは我慢するのが忍耐力をつけるために必要だ」という論理で、意地でも子どもを学校に通わせるこの国の風潮は、大きく間違っていると思います。
      これはいわば人命軽視の考えかたであり、この考え方は「どんなに生活が苦しくても、ブラック労働をされても、忍耐強く我慢しろ」という風潮に繋がり、圧制や独裁を素直に受け入れてしまう人々になってしまうことにつながります。

      これに耐え切れなくなり、うつになって自殺をしたとしても「耐性がなく弱っちいその人が悪い」ということになってしまい、結果、完全なる弱者切捨て強者優遇の世界になっていきます。

      >そういう意識が日本全体にあるといいですね。自己責任もあるけど、人間って社会を作って人と協力することで生存できてる生き物なので、それだけじゃないんですよね…

      ボクは、「会社の社長も社会の役に立っているけど、例えば、公園や駅のトイレを掃除しているおばさんも同じくらい社会の役に立っていて、同じくらいに感謝され、大切にされるべきだ」という考えを持っています。
      こうしたピラミッドの下層にいるような庶民の人たちがいるからこそ、経済がより回り、みんなが施設を気持ちよく利用でき、人間社会が健全に回るのです。

      こうした人たちが邪険にされ、社会から冷遇されるようになると、必ず社会に大きなひずみが生じ、社会全体が病み、負の感情が渦巻き、色々なところでいじめや自殺、家庭崩壊、ネット界の誹謗中傷など、次々と社会秩序が壊れ、行き着く先は戦争になると考えています。
      逢坂さんのおっしゃるとおり、どんな立場や境遇の人たちも協力し、できることを社会貢献しあい、尊重しあうことで、初めて平和で優しさのある国や社会が実現できるものなのではないでしょうか。

      (昔から自殺やいじめはありはしましたが)昔の日本はまがりなりにも、ある程度はそれが出来ていた感じもするのですが…本当に色々なシーンで「世の中が変わったなあ」と感じてしまう今日この頃です。

  2. 先ず大前提として、私も苛めは大反対だし、、、もっといってしまうと「いじめ」といって矮小化されるのも嫌い・・・・つまりあらゆるパワハラに反対です。
    そうすると、単なる学校の問題だけでなく、、、今の政治、会社の過労死まで話は繋がり大きなテーマになります。
    ・・・・と断ったうえで、今回の事件、、、またしても異論を唱えてしまいます。
    いや、、これはゆるねとさんにじゃなく世間一般のものの見方にです。(汗)
    つまりですね、、、はじめ第一報を聞いたときは相変わらず鬼畜のような教師がいるな~と思ったんですが。
    でもなんだかよく聞いてみると、、、逆にこんなことぐらいで「自分の人生を全否定された」といって自殺するの?というのが正直な感想です。
    実際の詳細は知らないですよ、、、その場にいたわけじゃないから。
    でも、昔あった教師が先頭になって葬式遊びしたのとか、クラブの顧問が生徒の頬にびんたを何回も食らわせた、、とか言う話は聞こえてきません。
    なんでも委員を決めるのに不正を行い、自分のお気に入りを委員にした、、とかいうぐらい。  えこひいき・・・程度の話ですよ。
    こんなの世間ではざらにありますよ!  不正に怒るのも結構だけど、こんなので命を賭けるの?と思ってしまいます。
    あるいは、、、「自分ともう一人の生徒にだけプリント配らされる」、、、
    これも担任に扱いやすく見られてたのだろうけど、、、自殺したのだから自殺を引き起こすいじめ、、、になるんだろうけど。
    じゃあ、、、スポーツの世界で教育として行われる叱責なんかも非道な扱いになります。 (もちろん、えげつない体罰は除いての話)
    たとえば電通で自殺した人、、、あのケースは自殺したくなるのも分かるし、それを批判する奴には怒りを感じます。
    だから、今度の場合自殺した人を貶める気はないのですが・・・それでも表に出てる話だけ聞くとあまりにもナイーブだと思います。
    それでも、そんなことじゃ社会に出て通用しない!と非道を正当化する意見には腹立ちますが、、今回の事件、、、表に出てるだけで判断するとなんだかなぁ~・・・・?
    私だって、下にいるときはかなり理不尽な扱いをうけた覚えもあり、、、まぁ●●意すら感じたこともあったけど、まぁ流してきました。
    もっとも、えんえんやってくるバカには怒鳴り返したりもしましたけどね。
    逆に上になったら、こんなことで怒るのか?反抗するのか?という若手も見てきました。
    たとえでいうと、ちょっと肩に触れたぐらいでセクハラ!と訴えるような輩です。
    もちろん私じゃないですよ、、、、私の職場には、そう女性との接点はなかったですから。
    だから苛めやパワハラには反対なんだけど、、、今回のケースも含め慎重に吟味する必要もあると思います。
    つまり逆パワハラみたいな場合です。  
    よく話に出る相手が虐めと感じたらそれは苛め、、、これにはちょっと疑問です。
    もちろん、こうしないと加害者側の言い訳に繋がるというのも分かるけど。
    客観的に見て頭を叩くとか、ひどい暴言吐くとかの客観的事実も考慮されるべきとおもい・・・・
    今回の事件、あんなので自殺してたら・・・世の中でいっぱいそんなことありますよ。
    つまり私は、やられた側と・・・やったように「嘘」を宣伝する逆の事実を両方体験してるので、、、公平な事実関係の精査が大事と考えます。
    えげつないいじめは防止するシステムも必要だが、やはり子ども自身も耐性持つべきとの認識も・・・

  3. さっき書いたのは、昨日書いた文章で最新の福島の避難者のいじめ自殺、、、、これには大いなる怒りを感じ・・・苛めに加わった奴を全員犯罪者として吊るしてやりたい気持ちです。

    • 京一郎さん

      おっしゃりたいことはとても良く分かります。
      ボクも確かにいただいたご意見と同じような印象も若干持ったのも事実です。(おっしゃるとおり、あくまで表向きの報道を見聞きしただけの感覚ですので、もちろん慎重にこれらを考えていく必要があるのですが。)

      記事にも書いておりますが、これも、一種の「生命に対する軽視の思想が若干日本国内に蔓延しつつある兆しなのでは?」とも思うのです。
      ISなどのテロ、そしてかつての日本で行なわれた特攻もそうですが、いずれも「死」に対する重みや痛み、恐れを感じない思想が引き起こす悲劇です。
      そして、生きていることの喜びや、尊さ、充実感を得られていないからこそ、簡単に死を選んでしまう子どもが増えているのではとも感じるのです。

      京一郎さんが抱かれた感覚というのも、「他人から嫌な目に遭わされ、自尊心を傷つけれ、辛い感情に支配される→死を選ぶ」こうした思考に結びついている状況に違和感を感じられているのだと思いますし、これも日本社会に蔓延しつつある何らかの「ひずみ」が介在しているような気もしております。

      つまり、全ては子どもたちがもっとバイタリティを持ち、将来に希望と前向きのメンタルをおのずと持てるような社会に変わっていけば、こういう事態も減っていくのでは?とも思うのです。
      そういう意味では、昔は(良くも悪くも)大人も子どもも元気でもっと自由奔放に暴れていましたよね。

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