【危うい流れ】グーグルがフェイクニュースかどうかを判断する機能を導入!”第三者機関”が検証し、検索結果に表示へ!

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どんなにゅーす?

・アメリカの検索最大手のグーグルが、フェイクニュースをネット上に拡散させるのを防ぐ目的で、事実かどうかを「第三者機関」が検証した結果を表示する機能を導入することになったとのこと。

・これにより、インターネット利用者が素早くニュースの真偽を判断できることに繋がり、正確な情報の伝達や拡散が出来ることに繋がることが期待されるという。

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フェイクニュース対策 グーグル検索画面に検証結果表示へ

アメリカのIT企業グーグルの発表によりますと、グーグルは、自社の検索サイトで調べたい言葉を入力して検索すると、従来の検索結果に加えて、その内容が事実かどうか報道機関などの第三者が検証した結果を表示する機能を、導入することになりました。
この機能は、日本を含む世界中の検索サイトで導入されますが、検証結果の表示は一部のサイトに限られるということです。

グーグルでは去年10月から、ニュース専門の検索サイトに限ってこの機能を導入していましたが、今回、一般の検索サイトでも導入し、「人々がより素早く簡単に事実の検証ができ、より正確な情報を持って意思決定を行えるようになる」としています。

事実でないことを発信するにせのニュース、フェイクニュースはいったん拡散が始まると、その流れを食い止めるのが非常に困難になるのが実情で、去年のアメリカ大統領選挙でも有権者の投票行動に影響を及ぼしたとされています。

【NHK NEWS WEB 2017.4.9.】

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非常に危うい方向に進みそうなこのニュース、あなたはどう思う?

かねてからちらほら話が出ていましたが、ついにグーグルがフェイクニュースを独自(第三者機関?)に判断し、検索結果に表示させる機能が導入されることになったそうです。

この状況に素直に喜んでいる人もいるものの、私はどうも危うい方向に進んでいくような予感を感じずにはいられないのですが…管理人さんはどう思いますでしょうか?

ちょうど、そろそろ「インターネット上に氾濫している情報についての取り扱い方」をテーマにしたコラムでも書こうかと思っていたところだったんだけど、かなりタイムリーにこうしたニュースが出てきたね。

ボクもりのクンと同じで、これはインターネット上の情報社会を非常に良からぬ方向に向かわせてしまうことに繋がりかねない、非常に危うい動きであると感じざるを得ないよ。

いずれコラムにより詳しく書くつもりだけど、ここでもその「理由」を簡単に一通り紹介していこう。

 

理由その1:本当かウソかをグーグルが掲げる”第三者機関”が全て判断してしまう「危うさ」

上の記事によると、「その内容が事実かどうか報道機関などの第三者が検証した結果を表示」と書かれているけど、「報道機関などの第三者」とは一体どういう組織なのか、これが全く分からない

そもそも、日本を例に挙げると、巨大な報道機関でさえも「フェイクニュース」と言っていいような真実を歪めたニュースを多く配信しているわけで、これはアメリカでも欧州でもその他の国でも基本は同じだ。

どんな機関でも(様々な理由によって)間違ったニュースを発信してしまうことは起こりうるし、さらに言えば、何らかの利害関係が生じた場合、意図的に真実を捻じ曲げたニュースを発信することも現実としてたくさん起こっている

これらを全て中立的かつ利害を無視して判断できる”第三者機関”なんて、「絶対にない」と断言してもいいし、こんな神様のような「超権力的」なことをグーグルが実際に執り行えるなんて思わないほうがいいだろう。

このように考えると、こうした検索結果で表示されるものを「妄信」してしまうことが何より危険なことなのは言うまでもない。

このNHKニュースでも、いかにも「トランプが当選したのはフェイクニュースが氾濫したから」とでも言いたげな文章が含まれているけど、こうしたニュースの真偽について「これは本当だ、これはウソだ」なんて全てを断じることができる者なんて、この世にはいないんだよ。

つまり、こういう「システム」が登場することで、インターネット上、ひいては人間界上に、情報社会における「巨大な権力」が生み出される恐れがあり、世界規模での新たな情報社会における「コントロールシステム」が登場していく可能性があるってことなのではないかな?

言い換えれば、これは巨大な資本勢力の利益に沿った「情報統制組織」の誕生にも繋がる話でもあり、とても不気味な流れであるようにボクは感じているよ。

 

理由その2:推測や予想までをも「フェイクニュース」とされてしまう恐れ

ボクは、すでに起こっている事象での「真偽」と、予測や予想に関する「当たり外れ」、さらには真偽をはっきりさせるだけの確証がないものの「推測」については、「徹底的に切り分けて考えるべき」との考えを持っているけど、これら推測や予想についてまでをも「フェイクニュース」とされてしまう危険性があるかもしれない。

例えば、「安倍政権は消費増税を次もさらに延期するだろう」という予想をしたとしよう。
いずれ、その予想が合っていたか間違っていたかが分かることになると思うけど…もし予想が外れた結果になった場合、これは「フェイクニュース」に当たるのだろうか?

ボクも以前に、安倍政権の政策についてある「未来予測」をした記事で、「安倍総理がこう言っているのでそれはデマだ!」と閲覧者(支持者)がクレームをしてきたケースがあったんだけど、その結果が当たったか外れたかの段階に至る前の時点から、こういう風に「フェイクニュースだ~!」と決め付けてしまうような連中すらもいることから、ますます「強者側の利害」に基づいて、フェイクニュースか否かの判断を下されてしまう可能性があるのではないか。

こういうケースまでもフェイクニュースにされる動きが出てくれば、やがて一般庶民による「表現の萎縮」や「情報の多様さ」にストップをかけてしまう恐れもあるのではないかと思うよ。

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「真実かどうか」にあまりにこだわりすぎると、自分で自分の首を絞めることにつながる

やはり、このように考えると、こうした動きは「思想や信条の多様性」や「表現の自由」などを制限する動きに繋がり、「情報の一極集中化」に繋がっていきそうな危うさを感じてしまいますね。

これは意外に思う人も多いかもしれないけど…実は、人々が自由で住み心地の良い社会を手に入れる上で、インターネットなどで出回る情報について「真実かどうか?」を極限なまでに追い求めていく必要は全くないんだよ。

もちろん、意図的に人々を騙す目的で、悪意のあるデマを流布させることはとても悪質な行為だけど、そうしたデマの拡散を止めるよりも重要なのは、「人々が”真偽”を見分ける能力を高めていくこと」なのではないかな。

(これもいつも言っているけど)そもそも、人間が言葉を持つ生き物である以上、デマや流言、根拠のない噂話が出回るのはどうしても避けられないことであり、これを全て止めようとすること自体ナンセンスなことだ。

これは言い換えれば、「世の中に出回っている全ての情報をウソかホントか白黒はっきりつけるのは不可能である」ということでもあり、これを実際にやろうとしている時点で、真に価値のある情報をシャットアウトさせることに繋がっては、巨大な資金力と権力を持つものによる、一極集中型の情報統制社会に繋がっていくことを意味する。

今の人々は、あまりにも「ウソかホントか」という”次元”にこだわりすぎているようにも見え、これが自らの想像力や推理力などの感性を退化させることに繋がり、自らで自らの首を絞めているように思えて仕方ないように感じているよ。

つまりは、「真実の情報だけを手に入れる」ことに全ての意識を集中させるのではなく、「自分自身の想像力や分析力を育て、真偽を見分ける能力を身につける」ことに力を入れていくべき、ということですね。

その通りだ。
だから、フェイクニュースをこの世から全て排除することにこだわりすぎるのはナンセンスだし、そもそも「これはフェイクニュースだ!」と多くの人間や大メディアが主張していることの方が「フェイクニュース」であることも想定しなければならないだろうし、さらには、彼らが言う「フェイクニュース」を排除することで「真実」を排除してしまう可能性があることも理解しておかなければならないだろう。

そういう意味で、何だか最近のネット社会の流れが少しおかしな方向に行っている感じがするし、ついつい色々と考えてしまうようなニュースだね。

この先、私たちを取り巻く情報社会はどのように変化していくのでしょうか。
どうも、世界全体で情報の独裁化、一極集中化の流れに向かっていっているような印象を持ちますし、この先のネット社会がどうなるのか、色々と不安になってきてしまいますね…。

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