【酷い…】高知県立大が3万8千冊に及ぶ図書を焼却処分!戦前の郷土資料や貴重な絶版本も!旧館より面積の小さい新館に移ったことを理由に!

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どんなにゅーす?

・高知県立大学が、図書館が新設された際に、旧館よりも面積が小さく、全ての本を収蔵出来ないことを理由に、2017年中におよそ3万8千冊に及ぶ蔵書を焼却処分していたことが判明した。

焼却された図書の中には、戦前の郷土資料や、貴重な絶版本も含まれており識者やネット上では怒りと落胆の声が殺到。後世に引き継ぐための保存方法を検討せずに安易に焼いてしまった大学側の対応に批判が広がっている。

高知県立大学で蔵書3万8000冊焼却 貴重な郷土本、絶版本多数

高知県立大学(野嶋佐由美学長)が、永国寺キャンパスの図書館が昨春新設される際、旧館よりも建物が小さいため全ての蔵書を引き継げないとして、約3万8千冊に及ぶ図書や雑誌を焼却処分にしていたことが8月16日までに分かった。中には戦前の郷土関係の本をはじめ、現在は古書店でも入手が難しい絶版本、高値で取引されている本が多数含まれている。焼却せずに活用する方策をなぜ取らなかったのか、議論になりそうだ。

新図書館の狭さ理由
同大によると、焼却したのは3万8132冊(単行本や新書などの図書2万5432冊、雑誌1万2700冊)。2014~16年度中に断続的に13回に分けて、業者に委託して高知市の清掃工場に運び込み、司書らが立ち会う下で焼却したという。

焼却した図書2万5432冊のうち、複数冊所蔵している同じ本(複本)を減らしたのが1万8773冊。残りの6659冊は複本がなく、今回の焼却で同大図書館からは完全に失われた。

こうした「完全焼却された図書」のうち、郷土関係は、土佐藩の国学者、鹿持雅澄が著したものを大正、昭和期に発行した「萬葉集古義」(1922~36年)をはじめ、「自由民権運動研究文献目録」(84年)、10年がかりで全国の自然植生を調べた「日本植生誌」の四国の巻(82年)など年代やジャンルをまたいで多数。満州(中国東北部)やシベリア抑留、戦地などから引き揚げてきた高知県を含む全国の戦争体験者の話をまとめた連作もある。

【高知新聞 2018.8.17.】

貴重な郷土資料や絶版本までをも「新館が旧館より狭い」との理由で燃やしてしまった大学側に、怒りと失望の声が殺到!

当サイトでは、東京管区気象台が貴重な歴史資料「カンテラ日誌」を溶解処分してしまったことを紹介したばかりですが、今度は高知県立大学が、「新館が旧館より狭い」との理由で3万8千冊に及ぶ図書を焼却処分していたことが判明しました。
この中には、貴重な郷土資料や自然科学の資料、高い価値のある絶版本なども含まれていたとのことで、識者やネットユーザーから怒りと失望の声が殺到しています。

新館の方が旧館よりグレードダウンしている時点で、大学側の「図書に対する意識の著しい低下」を感じるし、これも、「カンテラ日誌」の処分の件と同じで、先人が遺した貴重な記録や、図書に対する歴史的・芸術的・文化的価値というものを全く理解できない人が増えてきていることを示しているのかもしれないね。

ネット上では、「歴史資料や図書のデータ化」などを理由に、原本の資料や図書を処分することに肯定的な声も出ている様子だけど、データ化したものは、あくまで「バーチャルなもの」であり、むしろ原本以上に消失しやすい側面を持っている上に、図書というのは、現代のようなコンピューターが全くなかった時代、遙か昔の人類が編み出した、当時の風土や出来事、自身の脳内の感性や芸術的表現を記録した、唯一無二の価値のある歴史的資料ともいえる。

今や、デジタル時代の到来による「書籍のデータファイル化」が可能になったことで、書店が日本各地から消えつつある一方で、古くに出版された図書に対する価値を今こそ見直すべきなのではと思うし、これを安易に焼却して消し去ってしまったことには、やはり強い違和感を感じてしまうね。

ちなみに、高知県立大では、先月(18年7月)より「古本募金」なるものを行なっており読まなくなった古本を回収ボックスに入れてもらって古書業者に査定してもらい、その売り上げが大学に寄付される仕組みを導入したとのことです。
高知新聞も「大量焼却との対応のちぐはぐぶりが際立っている」と批判していますが、それであれば、焼却処分した本を古書業者に販売すれば良かったのでは…とも思ってしまうのですが。

つまりは、平たく言うと、「あまり深く考えずに燃やしてしまった」ということになるのかな…?
(政治から一般社会まで)日本社会の間に、歴史資料や記録文書、図書に対するリスペクトや貴重さを認識する思考力が大きく失われてきていることを感じるし、これらは人々から芸術的な素養や多角的な感性、想像力を劣化させることにも繋がる

ありとあらゆる分野において、「効率化」「経済的視点」のみで物事を考えてしまう傾向がどんどん増してきていることに、なんともいえない懸念や不安を感じているよ。

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