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【興味深い】外国人ジャーナリストが今村復興大臣を追及した記者(西中氏)を評価!「彼は本来のジャーナリストの仕事をした」

【興味深い】外国人ジャーナリストが今村復興大臣を追及した記者(西中氏)を評価!「彼は本来のジャーナリストの仕事をした」

どんなにゅーす?

今村復興大臣が激高する質問や追及を行なった記者に注目が集まっている中、外国人ジャーナリストのデイヴィッド・マクニール氏が西中氏の姿勢を高く評価した。

・マクニール氏は西中氏の追及姿勢について、「ジャーナリストとして本来の仕事をした」と語り、今村復興大臣の「自主避難者は自己責任」の発言を批判。また、安倍政権の本質や日本のマスコミの独自の風習などについて興味深く分析し、語っている。

今村復興大臣激怒で見えた日本の記者会見の特異性。「フリージャーナリストは本来の仕事を果たした」

―今村大臣の会見では、「このフリージャーナリストは礼儀を知らない」などと批判的な見方をする人もいました。

マクニール 読売新聞のある外国人エディターは「会見映像を見れば見るほど今村大臣を支持したくなる」と言っていました。大臣を質問攻めにする西中さんの態度が失礼なものだったからだそうです。インターネットに書き込まれたコメントにも、西中さんへの批判的な意見が多く見られましたね。しかし、政治家を厳しく追求し、詳しい説明を求めるのはジャーナリストとしての本来あるべき姿です。

―今村大臣の発言そのものについては、どう感じましたか?

マクニール 「自主避難は自己責任」という発言には耳を疑いました。仮に、いくら質問者の態度が失礼だったとしても、明らかに不適切な発言です。自主避難者たちはそうせざるを得なかったから避難しているわけで、こうした事態を招いたのは彼らの落ち度ではありません。

~省略~

それを「自己責任」と言い放つのは、本当に驚くべきことです。今村大臣はプロの政治家です。国民への説明責任がある。それなのに、たったひとりの記者の追及に狼狽し激高しただけでなく、このような信じがたい発言をするのであれば、復興大臣という役職を担うべきではないでしょう。西中さんはとてもいい質問をし、本来のジャーナリストとしての仕事を果たしたと思いますね。大臣の「自主避難は自己責任」という本音を浮き彫りにしたのですから。

~省略~

―今村大臣は激怒して、西中さんに会見への出席禁止を言い渡しました。これも、報道の自由を規制しようとする安倍政権の態度のひとつと見ることができるのでは?

マックニール そうですね。安倍政権の記者会見における特徴は、「なるべく質問をさせない」こと。安倍首相は会見時間を大幅に使ってしゃべります。そしてその後、残り少ない時間内でほんの数人の記者から質問を受けますが、それも彼がよく知る記者なわけです。安倍政権の政治家は皆、回答に詰まるような質問をされるのを嫌がり、不快に思うようですね。

私は以前、アニメ映画監督の宮崎駿さんの記者会見の司会を務めたことがありますが、宮崎さんは席に座るなり「どうぞ、なんでも聞いてください」と記者に向かって言いました。何も隠すことがないからですよね。宮崎さんは自分の意見に自信を持って発言していましたが、安倍政権の閣僚は隠すことが多すぎて、まるで自分たちの意見に自信がないという印象を与えます。これは非常に風通しが悪く、健全な為政者のあり方ではありません。

民主主義とは、単に3、4年に一度の選挙で代表を選ぶことを言うのではありません。本来の民主主義国家では、国民から選出された代表が自分たちの言動や政策などについて必要に応じて説明し、時に不快に感じる質問が寄せられても、それに対してもきちんと自らが推し進める政治を説明するべきです。そして、それを実行できる人たちによって国家は統治されるべきなのです。

【Yahoo!ニュース(週プレNEWS) 2017.4.20.】

「民主主義とは何か?」を改めて問い、再考するいい機会だった今村大臣の「暴言会見騒動」

いつも中々いい特集記事を載せている週プレNEWSさんが、今回も興味深い記事を出してくれているわ。
今村大臣の例の激高会見について、エコノミストなどに記事を寄せているデイヴィッド・マクニールさんが外国人記者からの視点で自由にコメントしていて、その中で、厳しい追及を行った西中さんについて「ジャーナリストとして本来あるべき仕事をした」と高い評価をしているわ。

この記事はとても興味深いものなので、是非とも全文読むことをおススメするけど、ボクも、マクニール氏と全く同じ印象を持っていて、西中さんは「民主主義的な観点」で権力を厳しく監視し、国民側からの視点で権力を追及する記者として当然の仕事をしたと思っているよ。

こうした記事を読んで、「外国人が自分たちの価値観を押し付けようとするな!」みたいな声が聞こえてきそうな気もするけど…これは「海外の国と日本との文化の違い」というよりも、「民主主義的な視点か?そうではない視点か?の違い」だと私は思うの。

ボクも全くその通りだと思う。

マクニール氏も言っているけど、民主主義とは、まずは全てに先立って「権力への監視を徹底する」「国民の自由と権利を確保する」という考え方が上位に来るはずなんだけど、何故か日本はこれよりも上に「礼儀を守る」「上の者の言いつけや指示に従う」という考えが優先されてしまうところが多くある。

さらには、国民自身も「持ちうる権利を行使し、国などの公的機関から保護や支援を受ける」という考えよりも、「国家や公的機関から管理され、税金を納めた上で言われたとおりに我慢する」という考えがおのずと植え付けられているようにも見える。

これは、すでに民主主義的な考えを自ら放棄しているに等しいし、言い換えれば、国民自ら「管理されることや支配されることを望んでしまっている」ともいえるだろう。
これは民主主義的思考から見ると全く逆であり、「国や公的機関が憲法で定められている権利を保障するほどの支援や保護をしてくれるからこそ、国民が国家や政治を受け入れ、社会に貢献し、税金を納める」という考えが、本来の民主主義国家の国民が持つべき思考のはずなんだよ。

国家や政権による腐敗や国民への圧政を差し置いて、「この記者は無礼だ!」「大臣を怒らせるなんてけしからん」なんていう声が真っ先に横行していること自体が、完全なる民主主義の否定だとボクは思うし、こうした声が多数飛び交っている現実にこそ、国民は一度立ち止まって「大きな疑問」を持つべきなんじゃないかな?

つまり、この一件を見ても、いかに「民主主義的思考」を奪うためのあらゆる洗脳が日本社会に溢れ返っているのかを見つめ直す「いい機会」だったってことね。
こういう一つ一つの些細なファクターから、国民が深く考え、疑問を持っていくことが大事よね。

ああ。
みんなもこの記事や今回の騒動を通じて、改めて「民主主義って一体なんだろう?」って考えてみるのもいいんじゃないかな?

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