【訃報】伝説のボクサー、モハメド・アリさんが亡くなる!差別や権力と戦い続けた反骨のボクシング人生!

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1960年ローマ五輪で金メダルを獲るも、黒人差別からの怒りで金メダルを川に投げ捨てる

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モハメド・アリさん死去 元ヘビー級王者 差別とも闘う

ロボクシングの元ヘビー級王者、モハメド・アリさんが3日、米アリゾナ州の病院で死去した。74歳だった。米NBCなど複数の米メディアが報じた。リングの外でもベトナム戦争への反対や、人種差別、信仰の自由をめぐる言動で注目を集め、20世紀の米社会を代表する人物の1人だった。

【Yahoo!ニュース(朝日新聞)2016.6.4.】

_1461695595.81599_970ssまた、一時代を象徴したスターがこの世を去ってしまったな。

ボクの時代よりは少し昔に活躍した人だけど、その名前と強さはよく知っていたし、何よりもボクシング以外の部分でも世界的に大きく注目された人物でもあった。

あおいちゃん普通ssaわたしは、名前を聞いたことがある程度の人だけど、なんかとっても凄い人だったイメージがあるわ。

_1461695595.81599_970ssモハメド・アリは、1942年アメリカ・ケンタッキー州の生まれで、かつての名前はカシアス・クレイだった。

12歳の時に、お父さんから誕生日プレゼントとしてもらった自転車が盗まれてしまったことにショックを受け、「僕の大事な自転車を盗んだやつを許さない!絶対にこの手で懲らしめやる!」って泣き叫んだんだけど、それを見たボクシングのトレーナーをしていた警察官が、彼にボクシングをやることを薦めたんだそうだ。

これを機にボクシングの世界に入ったクレイ少年は、メキメキ頭角を現し始め、1960年のローマ五輪のライト・ヘビー級の代表に選ばれることとなる。

そして、念願のオリンピックの舞台で見事金メダルを獲得することとなるんだけど、この栄光を背にアメリカに帰国したところ、黒人であることを理由にレストランで食事を出すことを断れたり、いわれ無き差別を受けた経験から、そのショックと怒りで金メダルを川に捨ててしまうんだ。

まだこの頃は、アメリカでは黒人が市民権を得ていなくて、当たり前のように酷い差別が日常的に行なわれた時代だったんだけど、ちょうどキング牧師などによる黒人差別に反対する市民運動が盛り上がってきていた頃で、彼も他の多くの黒人たちと同じく、この運動に強く共鳴を受けることとなる。
やがて、キング氏と同じく、黒人開放運動の先駆者だった「マルコムX」と交友を持つようになり、その影響でイスラム教に入信、名前をモハメド・アリに改名したんだ。

その後時代は、ベトナム戦争へと突入していくんだけど、アリはベトナム戦争に反対する立場から、米軍からの兵役の命令を拒否。
アリのこんな姿勢に対して、裁判所は禁固5年と罰金1万ドルという罰を課し、彼が持っていた王座とボクシングライセンスすらも強制的に剥奪されることになるんだ。

それでもアリは、固い自身の信念を貫き続けて、1971年についに無罪を勝ち取り、念願のリングに復帰。
1976年に来日して、アントニオ猪木氏と格闘技世界一決定戦を繰り広げたことも話題になった。

「蝶のように舞い、蜂のように刺す」というアリのボクシングスタイルを表す言葉も有名だし、ボクシングだけでなく、その、権力に屈することなくひたむきに戦い続けた生き方に共感を受けた人々もとても多い。
そのような意味からも、まさしく激動の時代を生き抜いた「人類の記憶に残る人物」だったといっていいだろう。

あおいちゃん笑いssa話を聞いただけだけど、本当にカッコいい生き方だと思うわ!

本当に苦難をたくさん経験しながら、色々な圧力や差別に負けずに、その信念を曲げずに人生を生き抜いたのね!

_1461695595.81599_970ssアリとマルコムXとの関係や、この頃の激動の時代や黒人解放運動を巡るアメリカの裏側を読んでいると、色々と興味深い話が出てくるなあ。

とにかく、強烈なカリスマ性を持った伝説のボクサーであることは、誰もが論を異にしないだろう。
また、かつての一時代を象徴する人が一人いなくなってしまったことを痛感するとともに、時代の移り変わりを図らずも感じるニュースだったね。

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